「おまえ、また泣いてるのか」
瞬の前にしゃがみ込んで、俺はその顔を覗き込んだ。
「な……泣いてなんか……!」
小さな白い花みたいな瞬。
その頬は涙で濡れている。
俺が呆れたようにそう言うと、瞬はすぐにごしごしと両手の甲でその涙を拭った。
そして、きっぱり言った。
「僕は聖闘士になって、生きて日本に帰って、兄さんに会うって決めてるんだ。泣いてなんかいないんだから!」

泣きながら言うセリフか。
――と、正直、俺は瞬の妙な意地に呆れた。
思ったことを言葉にしなかったのは、そう言い張る瞬がすごく可愛くて――かわいそうだったからだ。
そして、それだけじゃなく――瞬の告げた言葉が――それは、もしかしたら、カミュが繰り返す“希望”というものなのかと思ったからだった。
少なくとも、瞬が会いたい兄貴は死んではいない。

でも、聖闘士になって、生きて兄貴と再会して、それで何が変わるっていうんだ?
俺たちが孤児で、自分の意思じゃなく他人の都合で生かされ続けることに変わりはない。
俺は、けど、自分がそう思ったことを瞬には言わなかった。
希望を持って生きている瞬を妬んでいるようで、言えなかった。

瞬が、黙り込んでしまった俺の顔を見上げ、それから ふいに心配そうな目を俺に向けてきた。
「氷河こそ、泣いてる」
「なに?」
断言するが、俺はその時、絶対に泣いていなかった。
なのに、瞬はそう言った。

「俺は泣いてなんかいないぞ」
「そう見えるよ」
「俺は泣いてない」
俺は断固として否定した。
俺には、涙なんかもうない。
泣くことができるのは、希望のある人間だけだと、俺はその頃にはもうぼんやりと気付いていた。

瞬は、俺が意地を張っているのだと思ったらしい。
小さく笑って、瞬は首をかしげた。
「ほんとは僕、ちょっとだけ泣いてたんだ。でも、それは明日頑張るためだよ」
「頑張って聖闘士になって、それで何になるんだ」
「兄さんに会える」

きっぱりと言い切ることのできる瞬を――泣き虫の瞬を――俺は羨ましいと思った。
俺には――。
「俺にはそんなふうに思える相手はいない。なのに、カミュは無理を言うんだ。希望を見付けろ。希望を持て……って。それを持っていない人間は死んでるのと同じだって」

「カミュ? それは氷河の先生? 氷河は生きて帰って会いたい人はいないの?」
「マーマに会いたい」
ぽつりと呟いてから、俺は、母の記憶のない瞬にひどいことを言ってしまったかもしれないと、少し後悔した。
でも、瞬には兄貴がいるからおあいこだ。

「それは希望じゃないよ」
カミュと同じこと言われて、俺はまた黙り込んだ。
それが希望でないのなら、俺は死んでいることになる。
俺が生きていることが、マーマの最期の――もしかしたら ただ一つの――希望だったかもしれないのに。






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