そんなこんなで多少のトラブルもあるにはあったが、アテナの聖闘士たちの許には、今年も平和なクリスマスが訪れたのである。 イブには無事に、イチゴが所狭しと飾られた白いケーキが、城戸邸のダイニングテーブルの中央に鎮座ましますことになった。 歯ごたえのあるものを食べることのできる幸福を神に感謝しつつ、アテナの聖闘士たちは、揃ってクリスマスのテーブルに着いたのである。 聖なるこの夜、ケーキを切り分けるのは、瞬の仕事と決まっていた。 瞬が、その手に切り分けナイフを持って、嬉しそうに愛しの(だが最愛ではない)ケーキと向かい合う。 「それにしても、なんで氷河だけが無事だったんだろうな。毎日毎晩無駄なことにエネルギー使ってたのにさ」 クリスマス恒例のそのシーンを見やりながら、ふいに低い声でぼやいたのは星矢だった。 星矢はやはりどうしても、『青銅聖闘士最強の氷河』なる結論に納得がいかずにいるらしい。 そんな星矢に、氷河は僅かに 「グラード薬品の研究員には言えなかったが、瞬のおかげだ」 「え? 僕?」 ケーキに入りかけていたナイフを直前で止め、瞬が顔をあげる。 あのサバイバルの島で、特に氷河のためになることをした覚えのなかった瞬は首をかしげた。 それから、氷河は精神面での支えのことを言っているのだろうと思い、瞬は気恥ずかしげに瞼をを伏せた。 だが、そうではなかったのである。 瞬が氷河に与えていたものは、そんな形而上学的なものではなく、至って形而下的な“もの”だった。 「あの錠剤の他に、俺は良質のたんぱく質を摂っていたんだ」 「ズルしてたのかよ!」 星矢は氷河の告解に即座に噛みついていったのだが、サバイバルゲームの勝者は、しかし、どこまでも余裕をたたえていた。 「医療チームの責任者に 事前に許可はとっていたぞ。人間の生活には必要かつ一般的な営みだから、研究のためにもどんどんやってくれと、俺はそうすることを むしろ奨励されていたんだ」 「……」 どうやらその『営み』というのは、一輝をギブアップさせた例のことらしい。 しかし、それとたんぱく質の摂取の関係が、アテナの聖闘士たちにはわからなかった。 氷河が愉快でたまらないという顔をして、言葉を続ける。 「俺は毎晩良質のたんぱく質を飲めていたということだ」 「飲めていた? 瞬のおかげ?」 星矢は、氷河の言葉の意味がまだ理解できていなかったが、紫龍と瞬の兄には もうわかっていた。 「おい、今夜は性なる夜か」 怒りのために顔を真っ赤にしている一輝に、紫龍が低く告げる。 勝者は 己れの勝利を誇るように、更に言葉を続けた。 「俺が1回イく間に、俺は瞬を2、3回はイかせてやっていたからな」 瞬の手がぶるぶると震える様を横目に見やりながら、『言わなければいいのに』と、紫龍は胸中で思っていたのである。 氷河の勝利の要因をようやく理解した星矢は、加減のない大声をクリスマスの食卓に響かせた。 「それって……つまり、おまえは、瞬の――を搾り取って、それを飲んで、たんぱく質を補っていたってことかーっ !? 」 星矢の声音は明確に氷河の破廉恥を責めるものだったのだが、氷河は、それを責められるような行為だとは微塵も思っていないらしい。 彼は、どこまでも誇らしげだった。 「そうしようと意識していたわけではないぞ。俺はさほど勝ちへの執念はなかったし、それ自体は瞬への奉仕のつもりでしていることだ。瞬も喜んでいたしな。まあ、我欲のない無償の愛の勝利というところだ」 氷河が、その言葉を言い終わった瞬間だった。 彼の顔に、イチゴが所狭しと飾られたケーキが丸ごと押しつけられたのは。 「…… !? 」 最初、氷河は、それが瞬の手によって為されたことだとは 考えもしなかったのである。 愛しのケーキを、そのケーキより“ずっとずっと好きな”男の顔に押しつけるようなことを、瞬がするはずがない――と、彼は思い込んでいた。 しかし、瞬にも、ケーキより大切なもの、ケーキより“ずっとずっと好きな”男に優先するものはあったらしい。 「氷河のばかーっ !! 」 それがプライドなのか、羞恥心なのか、そんなことでケーキへの愛を証明できなかったことへの悔しさなのか、氷河のデリカシーのなさへの怒りなのか、兄を怒らせることを覚悟して氷河に身を任せた気持ちを結果的に利用されてしまったことによる傷心なのか、あるいは そのすべてなのか――もしかしたら本当のところは、思いがけない激情を仲間たちの前で披露することになった瞬自身にもわかっていなかったのかもしれない。 ただ、それを手に入れるために文字通り命を賭けることさえしたケーキの可憐な姿が失われても、瞬が自分の為したことを後悔しなかったことだけは、紛う方なき事実だった。 何にしても、人生は、強い者が勝つとは限らない。 そして、勝者は決して 勝利の時は永遠ではないのだから。 Merry Christmas
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