「なあ、そんな年増のおばさんの話よりさ、若い可愛子ちゃんの話をしようぜ。今日、俺の幼馴染みがウチに転校してくるんだ。プレップスクールで一緒だった奴」 「転校? この時期に?」 英国の新学期は9月に始まる。 その9月が半ば以上過ぎ、在校生たちが新しい学年、新しい立場、新しい部屋、新しいカリキュラムにやっと慣れ始めた今この時。 他校からの転校生自体も珍しかったが、半月前ならともかく、この時期に新しく入ってくる生徒など、時期外れの入学もいいところだった。 だが、セイヤのそれはガセネタではなかったらしい。 「先祖代々ウィンチェスター校に通ってる家の子で、プレップスクールを出てから、そっちに行ってたんだけど、新学期開始早々、面倒なことがあって、ウチに来ることになったんだ。俺と同い年。3学年に入ってくる」 「面倒なこと?」 シリュウの反問は、至極当然のものだったろう。 そういう説明の仕方をされて、まず転校生の家格を知りたがる者はいない。 だがセイヤは、友人に問われたことに答えるべきか否かを迷うような顔になった。 そして、どうやら、彼が迷っているのは、“どうせいずれは知れてしまうこと”を自分が話すべきかどうかということのようだった。 つまりその“面倒なこと”は、彼自身が話したくないこと、あるいは、うまく話せないかもしれないと不安を覚えるようなこと――であるらしい。 考えあぐねて視線を窓の外に転じたセイヤが、ちょうど二頭立ての馬車が正門の前で門が開けられるのを待っていることに気付き、ほっと安堵の息を洩らす。 セイヤは、“面倒なこと”の説明から逃げることにしたようだった。 「あ、来たみたいだ。紹介するから来いよ」 ヒョウガたちがセイヤの誘いに応じたのは、“若い可愛子ちゃん”に興味を覚えたからではなく、むしろセイヤの言う“面倒なこと”の方に興味を抱いたせいだった。 彼等は、昼食後、 ここのところ教師に呼び出しを食らうようなことをした覚えがなかった二人は、いったい何用だと怪訝に思っていたのだが、その呼び出しがこの時期外れの転校生に関わることなのではないかと、彼等は考えたのである。 『授業態度がよろしくない』程度のことで、イートンの生徒が午後の運動への不参加が許されるわけがないのだ。 ヒョウガたちが学寮を出て、ラプトンタワーのある本館の前に行った時、正門から礼拝堂の前を通り過ぎてきた馬車は、ちょうど正面玄関の前に停められたところだった。 馬車の扉に記されている紋章には、ハノーヴァー王家の白い馬とスコットランドの紋章である立ち上がったライオン。 セイヤの幼馴染みの家柄がどれほどのものなのか、それだけで彼等には容易に察しがついた。 「シュンー!」 馬車から降りた小柄な少年の名を呼んで、セイヤが玄関に向かって走り出す。 3年生ということは15歳か16歳。 噂の転校生は、ちょうど3学年の平均身長のセイヤとほぼ同じ背丈の、だがセイヤより一回り細い肢体の持ち主だった。 イートンの黒いテールコートではなくラウンジスーツを身に着けている。 「セイヤ」 彼は、セイヤの姿に気付くと、彼の幼馴染みに笑顔で答えようとした――らしかった。 顔をあげて、セイヤが一人だけではないことに気付くと、すぐに顔を伏せる。 ヒョウガとシリュウは、その所作に妙な不自然さを認めることになった。 二人にはそれは、内気や人見知りによる仕草ではなく、他人と顔を合わせることを忌避する仕草に見えたのである。 セイヤにあれこれと話しかけられても、転校生は首を縦に、あるいは横に振る以外の反応を見せず、久し振りに会った幼馴染みはおろか、これから学友になる者たちに挨拶しようとする様子すら見せない。 挨拶をするために近付くことすら ためらわれるような態度だった。 「セイヤの友だちとは思えないほど陰気な奴だな」 転校生から10ヤードほどの距離を保った場所で、ヒョウガが、隣りに立つ学友に率直な感想を述べる。 「しかし美形ではある」 それはヒョウガも認めないではなかった。 ちらりと見ただけだが、噂の転校生の面差しは、英国のミドルティーンとしては理想的な造形をしていた。 公の場で性的なことを語ることは許されない現在の英国の理想的な少年の姿。 すなわち、性的なものを全く感じさせない清廉潔白な天使のような面立ちを、その転校生は有していた。 だが、それはヒョウガの目には、形だけが整えられ魂を入れ忘れられた彫刻か人形のように見えた。 生気がほとんど感じられず、暗く、地味で目立たない。 明るさや溌剌さがないのだ。 形ばかりは天使の姿をした転校生が、セイヤに手を引っ張られて、ヒョウガとシリュウの前にやってくる。 噂の転校生――シュン――とは対照的に明るく屈託のない目をして、セイヤは彼の幼馴染みに学友たちを紹介した。 「あ、俺の先輩――というか悪友。金髪の方がヒョウガで、黒い髪の方がシリュウ。二人とも最上級生の いったい いつからそんな話になっていたのだとセイヤを咎めるのにも気がひけるほど、転校生は彼の周囲の空気を重苦しいものにしている。 ヒョウガは、この新参者に快適な学園生活は望みようがないような気がした。 彼はどう考えても、いじめの対象になるか、皆に相手にされず存在そのものを無視されるか――そのいずれかに転ぶしかないようなキャラクターである。 「お会いできて光栄です」 俯いたまま、ちらりと視線だけを新しい学友に向けた転校生は、握手のために差し延べかけた手も、思い直したようにすぐに引っ込めてしまった。 面白みのない型通りの挨拶。 セイヤの友だちにしては、親しみも愛想もなく、乗りもよくない。 こんな少年がなぜセイヤの友人なのかと、ヒョウガとシリュウは改めて訝ることになったのである。 セイヤは学業の方はともかく、その卓越した運動神経と屈託のない陽性の性格で、学内でも知らない者はいないほどの、いってみればアイドルだったのだ。 |