子供たちには粗暴極まりない扱いをする氷河の、瞬への愛撫は優しかった。 氷河はなぜ、子供たちには こういうふうに接することができないのかと、彼の愛撫の下で、瞬は疑いを抱くことになったのである。 「ね、氷河。氷河は、子供たちの前では もう少し肩の力を抜いていた方がいいと思うよ。相手は子供なんだから、怪我をさせたりしないように気を配る必要はあるけど、あんなふうに、まるで真剣勝負するみたいにぴりぴりして接してたら、子供たちも怯えるでしょう」 瞬の胸や脚をかすめ、くすぐるような氷河の愛撫。 それは壊れものを扱うかのように慎重で、瞬は氷河のそんな愛撫に物足りなさを感じることさえあった。 その物足りなさが 瞬の身体を煽り、焦らす効果を発揮するのもまた厳然たる事実で、最近 瞬は、氷河に触れられると思うだけで、実際に触れられる前から身体の内に疼きを覚えるようになっていた。 そんな焦らすような愛撫を続けながら、氷河が瞬の顔を覗き込んでくる。 「子供と言ったって、すぐ大人になる。今7、8歳のガキも、あと5年すれば、おまえを押し倒すくらいのことは簡単にできるようになるんだ」 「氷河……」 氷河のその言葉に、瞬は驚かないわけにはいかなかったのである。 氷河は単に 彼が邪魔と感じるものを反射的に払いのけようとしているだけなのだと、瞬は思っていた。 彼がそんな“ありえないこと”まで考えていることを、瞬は想像してもいなかったのである。 驚きに目をみはった瞬を、氷河は刺すような目をして見詰め、そして言った。 「そうならないと誰に言える」 「僕に言えます。そんなこと無理だよ。僕は聖闘士なんだから」 「だとしても、俺は、おまえの目が俺以外の誰かを映すことが我慢ならないんだ」 「……」 氷河は本当に本気でそんな ありえないことを懸念し、本当に本心から そんな避け得ないことに腹を立てているのか――。 氷河の真意を探るように、瞬は、瞬の姿を映している氷河の瞳を見詰め返した。 「氷河。僕は、氷河がほんとはとっても優しくて、頭がいいことを知ってるよ。氷河は、邪気のない子供や枯葉に本気で焼きもちを焼いたりする人間じゃない」 断言はしたが、瞬は自分の見解に絶対の自信があったわけではなかった。 氷河は、瞬にとっても わからないところの多すぎる人間だったのだ。 氷河の手が、瞬の内腿の間に忍び込んでくる。 「買いかぶられるのは困る。俺は何も考えていない馬鹿だぞ。特におまえ絡みのことになると、頭に血がのぼって、マトモな判断ができなくなる」 「でも、氷河は、あんなふうに氷河に焼きもち焼かれても、僕はちっとも嬉しくないって、ちゃんとわかってるよね?」 「俺は、おまえを嬉しがらせようとして妬いているわけじゃない。おまえに馴れ馴れしくするものに、俺の心が勝手に腹を立てるんだ」 そう告げる氷河の瞳は、その言葉とは裏腹に少しも怒っているようには見えなかった。 感情的でもない。 彼の眼差しは、冷静そのものだった。 瞬は我知らず背筋をぞくりとさせることになったのである。 冷たい炎、燃えさかる氷――そんなふうに矛盾した感覚が、氷河の視線にさらされることによって、瞬の身体の内に生まれてくる。 そして、瞬は、初めて氷河とこの行為に及んだ夜のことを思い出した。 あの夜、瞬は、氷河とそんなことをするつもりは全くなかったのである。 瞬の部屋にやってきて、いつものように ふざけているとしか思えない大仰な言葉と仕草で、『おまえが好きだ、愛してる、おまえと寝たい』と言い募る氷河に、瞬はこれまで同様 苦笑だけを与えて、早々に部屋から退散してもらうつもりでいた。 だが、あの夜、氷河はいつもの彼とは、何かどこかが違っていたのだ。 苦笑しながら氷河の瞳を見上げた瞬は、彼の青い瞳が恐ろしく冷めていることに気付き、気付いた途端に、まるで金縛りにあったように身体を動かすことができなくなった。 そして、次の瞬間には、彼の腕に抱きすくめられていた。 氷河の愛撫はひどく優しかったので、瞬はその未知の行為に恐怖は感じなかった。 交わりそのものは強く情熱的で、つい先程 垣間見たあの冷ややかさは錯覚だったのかと思うほどに激しかった。 氷河が自分を好きでいてくれることを疑う心はなかったし、自分も氷河を好きでいることは自覚していたので、瞬は彼とそうなったことに後悔を感じることもなかった。 瞬は、二人はいつかはそうなるのだろうと思っていた。 それが今夜だとは思っていなかっただけで。 だが、あの夜、あの時、氷河が垣間見せた冷ややかさは何だったのだろうと、瞬は今でも時々思うのである。 あれも彼の情熱や愛情の一種だったのか、彼の情熱や愛情は、彼の小宇宙同様 強大さを増すほどに冷たく冷えていくようにできているのか――と。 その答えを、瞬は未だに見付けだせずにいた。 |