「俺が、その謎を解く」 姫は美しい。 そして、この危険な賭けに勝てば、氷河は美しい妻のみならず、広大な国の未来の王の座をも手に入れることができるのだ。 求婚の権利を持つ若者なら、誰でもその冒険に挑もうとするだろう。 だが、瞬は、氷河にそんな危険なことをしてほしくなかったのである。 しかし、今、彼を突き動かしているものは恋。 氷河当人にも止められないものを、彼の奴隷にすぎない自分に止められるはずがない。 それはわかっている。 わかってはいても。 「王子様、そんな危険なことはおやめください」 国を失った氷河についてきた瞬には、氷河こそが唯一残された故国であり希望であり未来だった。 彼を失うということは、すべてを失うということ。 “生きてさえいれば”と望むささやかな思いすら、氷河の死によって瞬は失うことになる。 瞬は彼を失いたくなかった。 しかし、美しい姫君のとりこになってしまったらしい氷河は、彼の奴隷の懇願に耳を貸そうともしない。 彼は不愉快そうに眉をひそめ、瞬に冷ややかな視線を投げてきた。 「国も持たぬただの男に、そんな言葉使いをするなと言ったろう。王子と呼ばれると、王子だった頃のことを思い出して いらいらする。『氷河』でいいんだ。実際、今の俺は、自分のものは名前しか持っていないんだから」 「僕も――」 あなたのものです――と言おうとして、瞬はその言葉を喉の奥に押しやった。 氷河は、彼にとって価値があるものしか、自分のものと認めたくないのだろう。 そして、彼の奴隷は、彼にとっては上着についている飾りボタン程度のものでしかないのだ。 「既に20人以上の王子が、あの姫の出す謎を解けずに命を落としているそうだ。治める国を持ちながら、こんな無謀に挑むのは愚かなことだと思うが、今の俺には治めるべき国がない。失うものは何もない。そういう者にとっては、これはチャンスだと思わないか」 「でも、謎が解けなかったら――」 「俺があの姫の謎を解けば、これ以上の犠牲者を出さずに済むようになる。この国の民も、多分、王女自身も、その方が幸福だろう」 「……そうして、あの姫君を妻にして、この国の王になるんですか?」 「……」 瞬の質問の意図を、氷河は量りかねたらしい。 あるいは、長い眠りについてしまった北の国の民のことを忘れてしまうのかと責められている――と考えたようだった。 「そうだな。俺は、俺が死んだあとに蘇る北の国の代わりに この国を手に入れて、王子として生きる理由と目的を取り戻そうとしているのかもしれない。だが、それは責められるようなことか? そうなったら、俺は おまえの忠義に報いてやることもできるぞ。今の俺は何も持たないただの放浪者にすぎないというのに、おまえはこんな俺にずっとついてきてくれた。再び権力を手に入れたら、その忠義に報いるために、俺はおまえの望みはどんなことでも叶えてやろう」 氷河の言葉に、瞬は力なく首を横に振った。 それは、氷河が世界の支配者になっても叶えられないことである。 そもそも氷河は、彼の哀れな奴隷が心から欲しているただ一つのものが何であるかも知らないのだ。 この国の王になっても、彼は彼の奴隷の望みを叶えることはできない。 そんなことは、瞬は最初から諦めていた。 だが、氷河の命だけは諦めるわけにはいかない。 「とても美しい姫君、王子様が心惹かれるのはわかります。ですが――」 どうあっても、氷河にはその決意を翻してもらわなければならない。 彼を説得する言葉を紡ごうとした瞬を、氷河がまた不快そうに睨みつける。 言葉の内容より、『王子様』という呼称が、彼の気に障ったらしい。 瞬は慌てて言い方を変えた。 「氷河が心惹かれるのもわかります。でも、命を賭けるなんて」 「おまえは、恋に命を賭けることを愚かなことだと思うのか?」 「……」 そうは言わない――。 瞬には、恋に命を賭ける者を愚かと断じることはできなかった。 瞬は、氷河のためになら命を捨てられる自分自身を知っていた。 だが、奴隷の命と一国の王子の命では、重さが違う。 放浪する王子の奴隷が一人死んだところで、困る者はどこにもいないし、誰も嘆くことはないだろう。 しかし、氷河の命が失われてしまったら、彼の奴隷は、それこそ死ぬしかないではないか。 「美しい姫。支配すべき国。俺は一国の王子にふさわしいものを手に入れ、残虐な処刑にうんざりしているこの国の民の救い主になる。おまえの忠義にも報いてやれる」 氷河は、どこに不都合があるのだと言わんばかりの口調で瞬に告げた。 「でも、失敗したら、氷河の命が失われてしまいます」 「あの美しい姫のためなら、それも本望。――と、これまでに処刑された王子たちも思ったのではないか」 「氷河……!」 氷河は、一度こうと決めたら、周囲の人間が何を言っても決して その意思を変えることのない王子だった。 彼の意思を変えられる人間は彼の母君だけで、母に優しく諭された時にだけ、彼は素直に自身の判断の誤りを認めることをした。 その母君も今はいない。 そして、彼が奴隷の言うことなど聞くはずがない。 『僕のために、危険なことはやめてください』とは、瞬には言えるはずのない言葉だった。 |