「ところで、アンドロメダ。氷河はこちらではどんな毎日を送っているのだ?」 シベリアからの家庭訪問メンバーが本格的に稼働を開始したのは、その日の夕食時からだった。 星矢と紫龍は聖域に行っていたので、遠征組三人の相手を務めるのは瞬ひとりだけ――という図式。 これがバトルなら、氷河も素直に瞬の味方に立てたのだが、事が家庭訪問となると“生徒”は教師と保護者の間で中立を保つしかない。 その場で最も緊張していたのは、まな板の鯉にならざるを得ない氷河だったかもしれない。 「元気にしています」 瞬が、どうとでもとれる答えをカミュに返す。 白鳥座の聖闘士の真の生活振りを暴露すべきか、それとも アテナの聖闘士として かくあるべき暮らし振りを披露すべきかを、瞬は迷っているのだろうかと、氷河は訝ったのである。 瞬は、だが、そのどちらの道も選ばず、第三の道を採ることにしたようだった。 「それは見ればわかるが――」 「僕、子供の頃の氷河の話を伺いたいと、カミュ先生がいらっしゃるのを心待ちにしていたんです。シベリアにいた頃の氷河はどんな子だったんですか? 氷河は、自分では、先生の言うことをよくきく いい子だったって言ってるんですけど、本当ですか」 真実を告げず、嘘もつかずに済む第三の道。 瞬は日本での氷河の情報を開示するのではなく、情報を開示させる側に自分の立ち位置を定めたようだった。 「いい子ではあったが――」 カミュの答えに、 「いい子が優秀とは限らない」 ミロが横から茶々を入れる。 真逆のようで、その実 ミロの茶々はカミュの答えは全く同じことを言っていた。 「そうでしょうね」 二人の黄金聖闘士に、瞬が頷く。 「どういう意味だ」 氷河は、瞬の応答と態度に大いに引っ掛かりを覚えることになったのである。 「どういう意味なのかは、カミュ先生やアイザックさ――アイザックが僕に教えてくれるでしょう」 少し不満げな――むしろ不安げな?――氷河を軽く いなして、瞬は、氷河の師と兄弟子に向き直った。 瞬の意を汲んだカミュが、瞬に求められるまま、瞬に求められた情報の開示を始める。 その情報量は、些少なものではなかった。 氷河が初めてシベリアにやってきた日のこと。 母の眠る海の底に行こうとして果たせず、幼い氷河が流した涙。 エサにありつけず痩せ衰えているシロクマを哀れみ、近付いて、散々な目に合ったこと。 アイザックとの切磋琢磨の日々。あることでは勝り、あることでは劣り、そのたびに氷河が見せた様々な感情、表情、行動――。 カミュの物語は、食後 彼等がダイニングルームからラウンジに移動したあとも、汲めども尽きぬ思い出の泉から湧き出る清水のように続いた。 カミュが語る話には 氷河自身 忘れていたことも多く、そんな 小さな出来事をよく憶えているものだと、氷河は 最初のうちは師の記憶力に感心していたのである。 が、いつまで経っても終わらない昔語りに、氷河はやがて呆れ、疲れを感じ始めた。 氷河は幾度もカミュの話を終わらせようとしたのだが、カミュは瞬に思い出話を語り聞いてもらえることが嬉しくてならないらしく、瞬もまた カミュの話を聞きたがり、彼等の歓談は深更まで続いた。 「氷河が、そんなことを? 見てみたかったな」 「ああ、それはとても氷河らしい。本当に氷河らしい」 「じゃあ、カミュ先生もアイザックも大変だったでしょう」 瞬は歓談の間中、終始 穏やかで、常に微笑を浮かべていた。 まるで、学校での我が子の やんちゃぶりを聞く母親のように。 |