「瞬」


過去の思いや経験は、得意の“青い瞳”でも伝えることはできない。
眼差しで伝えられるのは、今、自分がどれだけ瞬を好きでいるかということだけ。
それが――それこそが、いちばん大事なことではあるのだが。

「うまく言葉で伝えられたらいいのに。これまで俺が何を経験してきて、何を考えてきて、その上で、今の俺がおまえをどれほど大切に思っているのか――」

氷河には、何と言えばいいのかがわからなかった。
瞬には、これまでいつも眼差しだけで真実の気持ちをわかってもらえていたから。

口下手なわけでは、決して、ない。
ただ、瞬の前では、嘘も詭弁を弄することも弁解もしたくなくて、そして誤解もされたくなくて、うまく言葉が出てこないのだ。

一考し、再考し、再思三考して、氷河が何とか見付けだした最適と思われる言葉。
それは、

「俺はおまえがいちばん好きだ」

――という、実に芸のない言葉だった。

芸もなければ洒落てもいない、粋でもなければ気も利いていない、平凡で、月並みで、凡庸で、凡百で、どこにでも転がっている、ありふれた言葉。
だが、だからこそ、その言葉には嘘も粉飾も、そして誤解される余地すらなかったのである。



肘掛椅子で膝を抱えしゃがみ込んだままの格好で、瞬はしばらく氷河の青い瞳をじっと見詰めていた。
それから、左の手を氷河に差し出す。

「うん……。ごめんなさい。僕、わかってるの」

瞬は、氷河にその腕を引いてもらって立ち上がった。

「わかってたの。そんなこと気にする方がおかしいって。今の氷河は僕を見ててくれるんだから……って」

そして、そのまま氷河の胸に頬を押し当てていく。

「ごめんね。でも、気になっちゃったの。ごめんね」

もう言葉は不要らしいと悟った氷河は、それには何も答えずに、いつものように無言で瞬を抱きしめた。








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