「俺が……してやる」
ふいに氷河の唇から漏れた声は低く掠れていて、瞬にはよく聞き取れなかった。
瞬は、問い返すように、氷河の瞳を見上げた。

氷河の顔には、不自然なほどに表情らしいものがなかった。
感情がないというより、それはむしろ、ありとあらゆる感情が互いを相殺し合って、彼の心を隠してしまっているように見えた。

「俺が治してやる──いや、治すというのは適切じゃないな。俺がおまえの成長促進に手を貸してやろう」
もしかすると、それは、人の命を預かっている医師のそれに似たものなのかもしれないと、瞬は思った。
そして、自分のおかしい・・・・ところは、成長を促すホルモンや薬剤を用いなくても治せるものなのかと、医師の治療を受ける患者のようなことを考えた。

もっとも、『手を貸してやろう』と、医者のような言葉を吐いた氷河が、その言葉のあとに続いてしたことは普通の・・・医師ならば決してしないだろうことだったが。

すなわち。
氷河は、瞬の側に歩み寄り、瞬の肩を掴み、瞬をその胸にすっぽりと抱きしめてしまったのである。

(え…… !? )
驚きの時は、一瞬だけだった。
その一瞬が過ぎ去ると、氷河の胸の中で、瞬の心臓が大きく波立ち始める。

瞬の心臓の高鳴りに気付いているのかいないのか──気付いていないはずはないのだが──氷河は、低い声で瞬の耳許に囁いた。
「子供は──」
「え?」
「子供は子供だから可愛い。可愛いから、多少は無知でも我儘でも許されるし、大人が抱くような悪意をもって、それをするわけじゃないから、迷惑を被っても、人は許す気になる」 

氷河が何を言おうとしているのかが、瞬にはまるでわからなかった。
「多少、傍迷惑でも、子供のままでいた方がいいかもしれないぞ。その方が、人に愛されて、おまえ自身も楽でいられるかもしれない」
「そんなの……」

これは、幼い子供をなだめ慰めるための抱擁なのだろうか──?
そう思った途端、瞬はひどく情けない気分になった。
「誰かに迷惑かけて、子供だから許されて愛されるなんて、僕、そんなの嫌だよ。僕は、いつまでも子供でなんかいたくない。いつまでも子供のままでいられるわけもないんだし」

「だが、急ぐ必要もない」
「だって、僕、氷河に迷惑かけてるんでしょ!」
「おまえになら、いいんだ、俺は」
「…………」

そんなふうに──非力な子供にするように──優しくなどされたくない。
瞬は、それが嫌だから、勇気を出してここに来たのだ。





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