「俺が……してやる」 ふいに氷河の唇から漏れた声は低く掠れていて、瞬にはよく聞き取れなかった。 瞬は、問い返すように、氷河の瞳を見上げた。 氷河の顔には、不自然なほどに表情らしいものがなかった。 感情がないというより、それはむしろ、ありとあらゆる感情が互いを相殺し合って、彼の心を隠してしまっているように見えた。 「俺が治してやる──いや、治すというのは適切じゃないな。俺がおまえの成長促進に手を貸してやろう」 もしかすると、それは、人の命を預かっている医師のそれに似たものなのかもしれないと、瞬は思った。 そして、自分の もっとも、『手を貸してやろう』と、医者のような言葉を吐いた氷河が、その言葉のあとに続いてしたことは すなわち。 氷河は、瞬の側に歩み寄り、瞬の肩を掴み、瞬をその胸にすっぽりと抱きしめてしまったのである。 (え…… !? ) 驚きの時は、一瞬だけだった。 その一瞬が過ぎ去ると、氷河の胸の中で、瞬の心臓が大きく波立ち始める。 瞬の心臓の高鳴りに気付いているのかいないのか──気付いていないはずはないのだが──氷河は、低い声で瞬の耳許に囁いた。 「子供は──」 「え?」 「子供は子供だから可愛い。可愛いから、多少は無知でも我儘でも許されるし、大人が抱くような悪意をもって、それをするわけじゃないから、迷惑を被っても、人は許す気になる」 氷河が何を言おうとしているのかが、瞬にはまるでわからなかった。 「多少、傍迷惑でも、子供のままでいた方がいいかもしれないぞ。その方が、人に愛されて、おまえ自身も楽でいられるかもしれない」 「そんなの……」 これは、幼い子供をなだめ慰めるための抱擁なのだろうか──? そう思った途端、瞬はひどく情けない気分になった。 「誰かに迷惑かけて、子供だから許されて愛されるなんて、僕、そんなの嫌だよ。僕は、いつまでも子供でなんかいたくない。いつまでも子供のままでいられるわけもないんだし」 「だが、急ぐ必要もない」 「だって、僕、氷河に迷惑かけてるんでしょ!」 「おまえになら、いいんだ、俺は」 「…………」 そんなふうに──非力な子供にするように──優しくなどされたくない。 瞬は、それが嫌だから、勇気を出してここに来たのだ。 |