「瞬様。こちらが、先日お話させていただきました、城戸の家の者でございます。戦時中からずっと城戸の家は空き家になっていましたが、彼がこの村に帰ってきてくれれば、村も少しは若返るというもの。おもてなしの方、よろしくお願いいたします」

野暮ったい服を着た人のよさそうな村長が、そう言って腰を折った相手は、まだ10代半ばとしか思えない年頃の、ひどく線の細い一人の少年だった。
幼さと大人びた雰囲気が同居している表情には、不自然なほど生気がない。
ただ、その顔立ちは、人形のように整っていた。
身に着けている洋服も、村長のそれとは比較にならないほど上等の絹である。

この村の唯一の産業が養蚕業と染色加工業だということを、氷河はふいに思い出した。
彼は、今の今まで、その事実を失念していたのである。
それは、村長ですら麻の服を身に着け、ここに来るまでに出会った数人の村人たちも、暗い色の粗末な衣服を身に着けていたせいだったろう。

まとう衣服が粗末だったとしても、その容貌が損ねられることがあったとは思えないが、それにしても彼は、この村では異質なほど繊細な美を備えた少年だった。

「城戸です、お世話になります」
瞬と呼ばれた少年は、しばらく無言で、自失したようにぼうっと氷河を視界に映していた。
少し、瞳の奥に感情らしきものが生まれた──ように、氷河には見えた。
もしかしたら──否、十中八九間違いなく──瞬は、金色の髪や青い目を持った人間を見るのが初めてだったのだろう。

亡くなった父から、戦勝国の人間と同じ氷河の容貌は、混乱期の日本では有利に作用した──という話を、氷河はよく聞かされていた。
無論、そういう外見を嫌う者は多かったし、氷河自身、学校ではずっとのけ者扱いを受けていたのだが。
家が裕福なことと成績が優秀だったことに支えられて、氷河は、同級生たちによる差別をふてぶてしく乗り切ってきた。
陰で『気持ちが悪い』と言う大人たちより、正直に嫌悪感をぶつけてくる学友たちの方を、氷河が好ましく思っていたのも事実である。

自分は生粋の日本人ではないという意識、自分は他人と違う姿をしているのだという負い目を、氷河は大学を卒業してからしばらく忘れていた。
この村でも、少なくとも村長は、氷河に驚嘆の目も偏見の目も向けてこなかった。
この少年の驚きの方が、ずっと自然だというのに。

「あ……瞬です。よろしく」
初めて見る異国人への驚きから解放されたらしい瞬が、とってつけたような挨拶を返してくる。

「神社の巫女でもしているんですか」
氷河がそう尋ねたのは、宮司というには若すぎる瞬の年齢を聞き出すためではなく、瞬の性別を確認するためだった。

「巫女ではありません。男ですから」
その返事を聞いて、彼になら巫女装束も似合いそうだと、そんならちもないことを考える。
女の子らしくないとは思っていたが、本当に男だとは思わなかったというのが、氷河の正直な感想だった。





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