氷河でないものを氷河だと思う錯覚の中に自らを追い込むことで 自身の心を守り続けようとする瞬が 醒めた自分に戻れるのは、“氷河”が瞬の中で果て、その余韻が薄れる短い時間だけだった。
「あなたは誰なの」
彼が新しい愛撫を始めると、瞬はまた“氷河”に抱きしめられている自分に酔わされる。
それまでの短い時間に、瞬は幾度目かの その問いを口にしてみた。
最近の彼の答えは、いつも同じ。
それは、
「おまえは、本当はわかっているのではないのか」
というものだった。

答えになっていない その答えを信じるなら、“彼”は瞬の未知の人物や神ではないということになる。
確かに瞬は、氷河をこんなふうに操ることで利益を得る人間を一人知っていた。
一人だけ知っていた。
だが、そんなはずはない――のだ。

「“氷河”が、これほど他愛なく、むしろ無抵抗で負ける人間など一人しかいないだろう」
一人だけ――瞬は確かに知っていた。
だが、そのはずがない。
そんなことはありえない――。





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