「おー、氷河、来てくれたのかっ!」

個展は、それなりに人が集まって盛況だった。
もっとも、そっち方面で身を立てようとするビンボーな画家やデザイナー志望の若い奴等がその大部分を占めているようだったが。

俺が展示室に入っていくと、この個展の主役が、咆えるような声をあげて、俺の側に駆けてきた。

「信じられない話だが、もう絵の予約が入ったんだ! 俺の絵を気に入ったと言ってくれる天使様が現れた! おまえのおかげだ!」
「その天使様が気に入ったのは、俺の演出じゃなく、おまえの絵だろう。よかったな。で、おまえの天使様は金離れがよさそうか?」

「金なんか貰わなくたって、あの子にだったら、全作品を捧げたいくらいだ!」
「あの子?」

老けて見えるが、こいつはまだ23、4歳、俺と大して変わらない歳のはずだ。
こいつに“あの子”呼ばわりされるとなると、こいつの絵の飼い主はまだ学生の歳ということになる。

「百合だ、百合の花!」
「…………」

花にばかり血道をあげて、人間の女に興味のない奴が興奮している様を訝りながら、俺は奴の指差す方向に視線を投げた。


そこにあったのは、F50号サイズの――縦横1メートルを超えるサイズの――白い花の絵だった。

白い百合。
だが、その百合には、百合独特の黄色い花粉にまみれたおしべやめしべがない。
白一色の花だ。

その花の前に、青味を帯びたグレイのスーツを着た細いシルエットの持ち主の背中があった。 

「あれが天使様か」

答える代わりに、奴は咆えた。
どうすれば、こんな奴が花だけを愛して生きていられるんだか、時々、俺は理解に苦しむ。
手痛い失恋が原因――という噂だけは聞いていたんだが。


ともかく、奴の咆哮で、天使が後ろを振り向いた。



白い花に包まれて――瞬がいた。





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