「瞬……」

なぜ、瞬がいつまでもそこにいるのかがわからないまま、俺は瞬の名を呼んだ。

ぼんやりと、まるで幻を見るような目で、瞬が俺を見る。
そして、幻に話しかけるように、瞬は言葉を紡ぎ出した。

「ねえ、僕の好きな人の名前、教えてあげようか」
「瞬?」

「氷河っていうの」
「…………」

「氷河は、毎晩、僕のところに来てくれるの。僕の我儘をきいてくれて、優しくて、ひとりぽっちの僕を慰めてくれて、僕は、毎晩彼に抱きしめてもらって、そして――」

幻に話しかけているようだった瞬の視線が、突然、明確な意思を帯び、俺に突き刺さる。

「そして、僕は、一人で朝を迎えるんだよっ!」


「瞬……? おまえ、何を言って……」
「氷河のばかっ!」

瞬が俺を怒鳴りつけ、そして、唇を噛む。
俺を睨んでいるその瞳には、涙がにじんでいた。

俺は、混乱していた。
俺が、瞬を毎晩抱きしめてる?
瞬をあんなふうに変えたのは、瞬の中の俺自身だったというのか――?


「瞬、おまえ……」

そこにいるのは――今、俺の目の前にいる瞬は、5年前と何も変わっていない――どこも大人になっていない、俺の知っている、ずっと俺の胸の中にいた瞬とまるで同じ瞬だった。

「氷河も……氷河もそうなんだと思ってた。氷河も、僕と同じ夢を見てくれてるんだと思ってた。だから、一人でも耐えられたのに! いつか帰ってきてくれるって信じてられたのに! 全部、僕の自惚れだったんだ! 全部、僕の……僕ひとりだけの、ただの夢だったんだ……!」

「…………」



       一秒だって
       離れているのが
       辛くて
       せつなくて
       別れた あの夏




あの歌が、また聞こえた。


俺の目の前で、あの頃のままの瞬が、泣き虫で可愛い俺の瞬が、小さな子供のようにしゃくりあげている。


5年――。
5年、5年だ。
瞬は、俺を5年間待っていてくれたというのか。


「……瞬」

差し延べかけた俺の手を、瞬の鋭い声が遮る。
「触るなっ!」

「しゅ……」
「僕がみじめになるだけだから、もう、触らないで……」

だが、瞬。
俺の手は、おまえを支えてやるためだけに存在するのに。

「……心はいらない、だって……。馬鹿にしてっ! 氷河が持ってったくせにっ! 僕は、夕べ、やっと自分の心を取り戻したんだよっ!」

瞬が、俺を責めている。
泣き虫の、俺の瞬が――。





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