瞬との会話は、紫龍にはひどく心地良いものだった。 星矢との会話は、紫龍をその場に残したまま、星矢ひとりが暴走することが多かったし、氷河とは会話らしい会話が成立せず、一輝とはそもそもその機会がない。 波長が合うというのだろう。 他愛のないことから、闘いや平和の意義まで――紫龍は、瞬となら、いつまででも話をしていられた。 もっとも、大抵の場合、氷河がそこに割り込んできて、瞬をどこかに連れていってしまうのが常だったが。 今日も――小一時間ほど瞬と茶飲み話を続けていたら、焼きもちを焼いた氷河が、理由にもなっていない理由を言い立てて、紫龍の許から瞬を連れ去っていった。 「――どこが良くて、瞬は氷河とそーゆーことになったんだ。氷河なんて、まるで、ガキみたいに独占欲が強くて、我儘で、強引で――」 話が盛り上がっていたところで、会話の相手をさらわれてしまった紫龍が、2人の出ていったラウンジのドアを見詰めながら、呆れたように呟く。 「氷河が我儘で強引だから、だろ。そーゆーことになったのは。瞬は、普段は大人しいから、強引に迫られたら、引きずられるタイプだし。――普段は、な」 星矢は、床に胡坐をかき、テレビゲームのコントローラーを操作している。 シューティングゲームの画面を睨みながら、星矢は紫龍を見ずにそう言った。 「…………」 星矢は、やたらと『普段は』を強調する。 『いざという時』の瞬の恐ろしさは、紫龍とて十二分に知っていた。 確かに、色恋など、瞬には、“いざという”次元のことではないのかもしれなかった。 「そんなに、瞬と一緒にいるのが楽しいならさー、紫龍も、瞬に強引に迫ってみたらどーだ?」 話の腰を折られて不機嫌でいる紫龍をちらりと横目に見て、星矢が無責任極まりないことを口にする。 星矢の手は、相変わらず、ゲームのコントローラーのボタンを押し続けていた。 光速の拳を見切る視力を持つ星矢には、画面に映し出されるゲームの愚鈍さが、むしろ楽しいらしい。 「俺は、単に、瞬と茶飲み話を……だいいち、強引に迫るも何も、瞬は男じゃないか」 「氷河は気にしてねーじゃん」 「氷河は、どこかおかしいんだ」 「俺はそうは思わねーけどなー。氷河は正直なんだ。欲しいものを欲しいって言う。確かにガキみたいだけど、欲しいものをいらないって意地を張ってみせるガキよりは利口だよ」 これが、星矢との会話。 今日も、星矢の言葉はその性格そのままに暴走し、紫龍はついていくのが精一杯だった。 「俺は……」 「瞬……欲しくないのか?」 ゲームを完全勝利に終わらせた星矢が、やっと、そして、満足気に、コントローラーを手放す。 そして、星矢は、初めてまともに視線を紫龍の上に据え、まるで挑発するような薄笑いを浮かべた。 「…………」 「瞬ってさー、見てると、俺でも時たま、どきっとするぞ。ただの可愛子ちゃんでもねーし、まあ、ある意味、理想の……」 「氷河が、そういうふうに変えたんだろう」 星矢は、からかうような薄笑いを隠そうともしない。 「紫龍は、一見、物わかりよさそうで、どっちかってーと理屈屋で、理性的〜な振りしてるくせに、バトルになると突然キレる。なーんか、普段、色々と我慢してるように見えるんだよなー」 「…………」 星矢は、深く考えて、そんなことを言っているわけではない。 その言葉の根拠が、ただ直感だけだということを、紫龍は知っていた。 そして、星矢が、今――闘いのない今――を退屈していることも。 しかし、考えていないからこそ、星矢の直感は鋭いのだ。 |