「……瞬」

紫龍は、そう言えば、肝心の“折檻”の内容を瞬に確かめていなかったことを、ダイニングルームのテーブルに悲惨この上ない氷河の姿を見い出して初めて思い出した。
聞くまでもないこと――だと思っていたし、それは、瞬も言いにくいことに違いないと、紫龍は、勝手に決めつけていたのである。


「だって……氷河があんまり我儘だったから……!」

氷河にとんでもない折檻をした当の本人が、花も恥じらう風情で訴えるのに、紫龍は一瞬、目眩いを覚えた。
なるほど、氷河の我儘など受け流してしまえるほどの大物なだけはある。

もとい。
瞬は受け流してなどいない。
まさに、受けて立っている――のだ。

この瞬を、氷河から奪い取れたなら、どれほど楽しいことになるだろう。
つい数分前に、何かを振り切ってしまったばかりだった龍星座の聖闘士は、わざと氷河に聞こえるようにして、瞬に誘いをかけた。

「瞬。氷河に愛想が尽きたら、いつでも俺のところに来い。体力だけが売りの氷河と違って、俺は、中国四千年の歴史の中で培われてきた数限りない閨房術を心得ている」


「し……紫龍、貴様、やっぱり、むっつりだったんだな」
怒りを露わにできるのも、その目でだけである。
氷河の疲労の程はかなりのものらしかった。

謂れのない(?)愚弄を無視して、紫龍があからさまな軽蔑の視線を氷河の上に落とす。
「貴様は、売りの体力もたかが知れているようだが」

「貴様なんかに負ける俺だと思うなよ……!」
「思うなと言う方が無理だろう、その有り様では。不様だ。不様この上ない」

「う〜〜……っっ」

普段から目障りで仕方のなかった男に、思いきり見下された体ていになって、氷河はぎりぎりと歯噛みをした。

だが、現状が現状だけに反駁の仕様がない上、その気力と体力も、今の氷河には欠けていたのである。




「瞬……いちばん高いユンケルを買ってきてくれ……」

そうして。
この場での紫龍への反撃を断念して、氷河はばったりとテーブルの上に突っ伏したのだった。






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