王となった時に瞬が叶えたいと思っている理想とその障害とを瞬と語っているうちに、氷河は、異様な高揚感を覚えるようになっていったのである。


もとより手の届かぬところにいる人。
瞬が本当に王になれば、自分は、瞬に触れることはおろか、もはや、言葉を交わすことすらできなくなるのかもしれない。

それでもいいから、瞬の作る国を見てみたい――と、氷河は思った。

それは、美しい国ではあるに違いないのだ。
儚いかもしれないが、しかし、強さを秘めた国に育たないと言い切ることもできない。



「……なに?」 

前公爵の愛用していた大きな机の上には、薄幕を通して室内に入り込んできた柔らかい光がたゆたっている。
氷河が、その上に置かれた書物のページを繰っている自分を見詰めているのに気付いて、瞬は首をかしげた。

「いえ……」

まさか、叶わぬ恋の辛さにも耐えられるほど、瞬の美しい理想に酔ったのだとも言えず、氷河は言葉を濁した。
結論だけを、少しばかりの胸の痛みと共に瞬に告げる。
「何がありましても、私は永遠に瞬様のしもべです」

「……? しもべ……って、僕は氷河がいないと何もできないのに。僕は氷河の生徒だよ?」
「いいえ、私は永遠に──」

真顔で言い募る氷河を、瞬は笑顔で遮った。
「変な氷河」


その微笑が軟らかく温かい春の花のようで、氷河の胸は切なく疼いた。


王位継承者の選定の場で、瞬はこの聡明を重臣たちの前で披露することになるだろう。

たとえ瞬がその選定に敗れたとしても、次代の王は瞬を重用しなければならなくなるに違いない。
ハーデスが、現在の王ほど愚かでなかったならばそうするはずだと、氷河は確信していた。

その時の訪れが待ち遠しくもあり、永遠に来ないでほしいとも思う。
自分の手で摘もうとは思わないが、そこに可憐な花が咲いていることは誰にも教えたくない。


今が、自分の人生の最後の至福の時なのかもしれないと、氷河は思うともなく思っていた。






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