「君の騎士殿は行動が素早すぎる」 ハーデスは、謎の婦人との扉の外での短いやりとりを済ませ、瞬の許に戻ってくると、軽く左右に頭を振りながら、瞬に告げた。 「氷河……?」 「察しがいいのも、行動力があるのも考えものだな。いちばんの問題はあの男が――国王がべらべら喋りまくったせいらしいが」 「氷河に何かあったのっ!」 まるでシーツの上を這うようにして、瞬は何とか肘だけで上体を起こし、ハーデスを問い質した。 ハーデスが、両の肩から力を抜いて、舌打ちをする。 「君の騎士殿は、今、城の死刑囚が入れられる牢に入れられている。君を返せと王に直談判したあげく、王に――君を陵辱したことを聞かされて、我を失ったらしい。王に切りかかり、取り押さえようとした近衛の者10人以上に怪我を負わせた。玉座にまでは辿り着けなかったらしいが」 「氷河……!」 「あの男は、他人の心を踏みにじることでしか、己れの存在を確かめられないのか……!」 それが、氷河のことではなく、王のことを言っているのだと気付いて、瞬は不審の念を抱いた。 ハーデスは王の寵臣である。 そのはずだった。 だが、王を語る彼の口調には蔑みと憎しみがこもっていた。 「氷河……」 「嫌われていないことだけはわかったろう。よかったな、公爵殿」 だが、今はそんなことに気を取られてはいられない。 それどころではなかった。 「氷河……死刑囚の……って……」 「王の殺害を企てたんだ。処刑は当然だろう。無論、裁判もない」 「そんな……」 瞬は、寝台を降り、ふらつく足を大理石の床につけた。 「どこに行く」 「氷河に会いに……ううん、王様に氷河を牢から出してって頼みにいかなくちゃ……!」 「…………」 瞬のその言葉に、ハーデスは目をみはった。 王は、今の瞬にとって、悪魔にも等しい存在のはずである。 会うのも恐ろしい、できるなら二度と相まみえたくない男のはずだった。 (その恐怖も氷河のためなら超克できるというわけだ……) ハーデスの中で、瞬への哀れみよりも、驚嘆と、そして妬心の方が大きく頭をもたげてくる。 彼は、諭すように、瞬に告げた。 「王の許に行くのはやめた方がいい」 「だって、王様しか氷河を牢から出せない」 「あの男が、その代償として君に何を求めるのかもわからないのか?」 「…………」 瞬は一瞬間だけ、躊躇した。 一瞬間だけ。 瞬にとって大事なのは、何よりも氷河の命だった。 切なげに眉を寄せた瞬に、ハーデスが薄く微笑する。 「いいから、待ちなさい。彼を牢から出すのは無理でも、会えるようにはしてやれる」 ハーデスの眼差しは、どこか王に似ていると、瞬は思った。 |