瞬が、いつまで経っても日本に帰ってこない仲間を呼び戻すためにシベリアに向かったのは、5月も初旬の頃だった。

日本では梅雨の前のひと時の小さな夏が幅をきかせていたが、氷河の暮らす家の周囲には、まだ少し雪が残っていた。
それでも、気の早い雪割草が、シベリアの遅い春を飾るために、あちこちで小さな白い花を咲かせ始めている。

「花、咲いてるんだね、この時期になるとシベリアにも」

『こんにちは』や『久しぶり』の代わりに、瞬がそう告げると、家の中から出てきた氷河は、予告もなく現れた仲間に、不機嫌そうに眉をひそめてみせた。

「──おまえは花が好きだな」
「女々しいとでも言いたいの」
「おまえが花を好きだなんて、自分を好きだと言っているようなものだ」

ものを投げ捨てるようにそう言い、それ以上の言葉を口にせず、氷河が家の中に戻る。
褒められたのか責められたのかの判断もできないまま、瞬は慌てて彼の後を追った。
ここで追い返されてしまっては、わざわざシベリアくんだりまでやってきた意味がない。
瞬は、冬と春の狭間の広大な大自然を見物するために、こんな北の果てに赴いてきたわけではないのだ。


「ここでなきゃいけないの」
「そういうわけではないが、人間には身体があるから、どこかにはいなければならないだろう」
「それが日本でもいいでしょ」

日本にいる時の5割増しで無愛想な仲間に、瞬は告げた。
氷河の居場所は、仲間たちの側でもいいはずだと。
――自分たちの側でもいいはずだと――自分の側でもいいはずだと。

瞬の言いたいことが通じているのかいないのか、氷河の返事はどこまでも素っ気なかった。
「日本はこれから暑くなる」

「冬場もずっとこっちにいたくせに」
「日本には、年中、どこにでも花が咲いていて、気に障る。俺はおまえと違って、花が嫌いだからな」
「…………」

それは、瞬を嫌いと言っているようなもの、である。
瞬は、返す言葉を見付け出せなかった。






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