「氷河……何か言ってよ……」 仲間たちに見放された格好で、ひとりその場に残された瞬にできたのは、彼の唯一の理解者である“氷河”にすがることだけだった。 だが、今、瞬の腕の中にいる四足の動物は、人の言葉を発する器官をその身に備えていない。 もっとも、たとえ“氷河”が発声のための器官を備えていたとしても、彼は瞬に何も言いはしなかっただろう。 “氷河”は、瞬が望んでいた通りに瞬の側に存在し、瞬の意に従うだけの、まさに愛玩動物なのだから。 瞬に従順でいることだけが、彼の義務であり権利だった。 悪魔に与えられた小犬は、無言で、その瞳だけは人間の氷河と同じ色と輝きで、瞬を見上げている。 幼い子供にも、悲しみを知り尽くした老人のようにも見える“氷河”の瞳を見詰めているうちに、瞬は、どうしようもなく悲しい気分になってきた。 「どうして……どうして、氷河を愛してるのは僕だけじゃないの。僕だけならよかったのに……」 もし、そうだったなら──氷河の身を案じる仲間や、彼のために命を投げ出した母親や師が、この世界に存在しなかったなら──こんなことにはならなかったはずだった。 氷河の存在を知る者も、氷河を求める者も、それが瞬ひとりきりだったなら、ふたりだけの幸福というものを維持することは可能なはずだった。 だが、事実はそうではない。 氷河には、瞬の他にも仲間がいて、その仲間たちは、氷河を慮り、愛している。 氷河には、瞬以外の誰かを愛した思い出と愛された思い出があり、それが今の彼を形作っている。 ふたりきりの幸福を貫くためには、氷河の仲間たちを、瞬が切り捨てなければならなかった。 「どうして、僕だけじゃないの……」 瞬に、涙に濡れた頬を押し付けられても、“氷河”は、怪訝そうに首をかしげるばかりだった。 |