「あなたは、胡の人?」
瞬の前に突然現れて、瞬を質問攻めにした男は、青い瞳と金色の髪とを持っていた。
瞬より、頭二つ分ほど背が高い。
話に聞いたことはあったが、瞬は、自国の外の人間を見るのは、これが初めてだった。

野を駆けているせいで焼けて浅黒く見える肌も、本来は白いのだろう。
漢のずっと西や北にある国には、そういう姿をした野蛮人が住んでいるのだと、瞬は聞かされていた。

「この姿が気味悪いか」
「え? どうして?」

ふいに、彼自身のことを問われた瞬は、ほとんど反射的に反問していた。
青い瞳の異邦人が、僅かに口許を歪める。
「おまえの国は、昔から中華思想にかぶれている国だろう。自分の国が世界の中心で、自国の文化こそが最高のもの、その周辺の民は、無条件で野蛮未開の非人間だと決めつけている。漢の人間は、何でも自分たちがいちばん優れていると信じ込んでいて、自分たちと違う者たちを見下す」

「そんなことないと思いますけど……。あなたはとても綺麗だし、僕の国が世界の中心にあるなんてことも、僕は考えたことはないです。僕の国は――大きくなりすぎて、皇帝の支配は国全体に行き届いてないし、地方の官吏は私利私欲を貪るばかりで、民のことも国のことも考えていない有り様で、だから、皇帝はそれを立て直そうとしています」

兄が、いくら王宮の外のことを弟に知らせないようにしていても、それくらいのことは瞬にもわかる。
そもそも、瞬の兄が皇帝の座に就いたのは、前帝である瞬たちの父が、内乱の平定のために戦場に出て落命したからだった。
父帝から帝位を受け継いで2年、瞬は、新しい皇帝が、政治的に腐敗し、軍事面では硬直しきったこの国を立て直してくれると信じていた。
そして、腐敗官吏の粛清が終わり、自分がもう少し歳を重ねれば、兄もいつかは弟を子供扱いするのをやめてくれるに違いないと、期待してもいた――のだ。


「可愛らしいだけでなく、聡明だな。よかった」
瞬の言葉を聞いた見知らぬ人物が、安心したように微笑する。
その笑顔は、自分よりずっと年上と思い込んでいた異邦人の印象を少しばかり幼く変化させ、瞬は、彼がまだ青年と呼んでいい年齢なのだということに、初めて気付いた。

同時に、瞬は、自分が彼の名も聞いていないことを思い出したのである。

「あの……あなたは……」

いったい誰なのか――と尋ねようとした時、瞬は自室の寝台の上で目を醒ました。





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