「氷河、これからどこに行くのっ」

恋の只中に身を置いている人間には、傍目に愚行と映る行為すらも、胸躍る冒険でしかない。
初めて乗った馬から振り落とされないように氷河にしがみつきながら、瞬は、現実の世界にいる氷河に尋ねた。

「とりあえず、今夜、おまえを抱ける場所だ。国境で野営している本隊と合流したら、その後は北に向かう。まあ、漢の王宮ほど大層なものじゃないが、おまえがゆっくり眠れるくらいの部屋は作ってやれるだろう」

氷河がどういう人間なのか、胡人の国がどんなものなのか、瞬はまだほとんど知らないままだった。
だが、今の瞬には、そんなことはどうでもよかったのである。
たとえ今夜眠る場所が、屋根も寝具もない、風の渡る平原でも、瞬は構わなかった。
夢の中ではなく現実の世界で、こうして氷河の体温を感じていられるのならば。


氷河と瞬を乗せた馬が、広い未央宮の庭を駆け抜けて、玄武門を通りすぎる。
兄の代になってから整えられた長安の都の大通りを一気に過ぎると、そこはもう都の端、はるか彼方にまで広がる黄色い大地を見渡せる丘の上だった。

それは、瞬には初めて見る外の世界、である。
その広さに圧倒されて、瞬は思わず氷河の腕にすがりついた。

「恐いか?」

氷河に尋ねられて、彼の青い瞳を覗き込む。
それから、瞬は、ゆっくりと首を横に振った。

「氷河がいないことより恐いことなんてない」
氷河が瞬の夢を訪れてくれなかったこの数日で、瞬は一生分の不安と恐怖を味わい尽くしていた。
あの不安な夜に比べたら、どこまでも続いているような広大な大地など、希望だけでできている世界と同じである。

そして、この世界には、ただ幸福な夢の訪れを待つだけでなく、自分で夢を掴むために行動する自由があるのだ。
瞬は、これから自分が生きていく世界を見渡して、大きく息を吸い込んだ。










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