氷河に最初にそれを気付かせたのは、だが、瞬ではなくサガの方だった。
ある時、ふと、瞬を見詰めるサガの目が、瞬を手に入れる以前の自分に似ていると思った時に、氷河は、瞬とサガの間にある緊張とぎこちなさに気付いてしまったのである。
それまではサガに肩を抱かせることも平気でしていた瞬が、サガの側に寄ることを避けている。
二人の間に何かがあったことは明白だった。

「貴様、瞬に何をした」
わざわざ館の主の部屋を訪ねて、氷河は彼を問い詰めた。

サガはそれには答えず、代わりに氷河に命じた。
「君はここを出ていった方がいい。ここは死んだ者が住む館だ。瞬は──死んだんだ。瞬はもう、君のものにはならない。君を見るたび、瞬は苦しむ」

言われた言葉の内容よりも、サガが瞬を『瞬』と呼ぶことの方が、氷河の気に障った。
気に入らず、腹が立った。
「俺は、瞬が生きているとか死んでいるとか、そんなくだらないことを確かめるためにここに居座っているわけじゃない。死んだ・・・くらいの・・・・ことで・・・、瞬が俺を拒むはずがない。俺は瞬を連れて帰るためにここにいるんだ」
それ以外に氷河の目的はなかった。

「本当に瞬がそれを望んでいるのなら、ここを出ていってやってもいい。だが、その前に、瞬が本当に望んでいることを確かめる。だいたい瞬は──」
瞬以外の者の指図など受けたくはない。

そして、氷河は、瞬の言葉を鵜呑みにするわけにもいかなかった。
「瞬はいつも──瞬は、俺のために嘘をつくからな」

氷河のその言葉が、今度はサガに憤りを運んでくる。
何という自惚うぬぼれだろう。何という幸運な自惚れ。
そんな自惚れの許される男が、サガは許せなかった。

「おまえなど、瞬にはもう必要がない。おまえの役は、これからは私が務めてやる。安心してここを立ち去れ。無論、一人でだ」
「俺の役?」

氷河の反問に、サガは勝ち誇ったように答えた。
この館の主の方が、おめでたい青銅聖闘士などより、今は瞬の側近くにいるのだということを思い知らせるために──思い込ませるために──サガは意地でも氷河を見下していなければならなかった。

「私は瞬を犯してやった。いや、抱いてやったんだ。住む世界が違う者を思い続けたところで、どうにもならないんだからな。瞬は、すぐに腰を振り始めた。おまえの仕込みの成果だろう。その点に関してだけは、感謝してやってもいい。慣らす手間が省けた」

「…………」
死んだはずの男が、鏡に姿の映らない瞬を犯す。
ありえないことではないのだろうと、氷河は思った。
この館は、尋常な時の流れの中にない。





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