ハーデスが 唯一自分のものと言えるものがある場所。
彼が向かった先は、冥界の至福の花園──エリシオン──だった。

そこには既にアテナがいた。
彼女は少し待ちくたびれた様子で、彼女の伯父にあたる神を至福の園で出迎えた。
エリシオンの園を守っているはずの二神の姿はなく、花園の中には、代わりにアテナの聖闘士たちの姿があるばかりである。

彼が唯一、そして確実に、我が物といえるはずの本来の身体との合一を果たしても、ハーデスの心は晴れなかった。
その身体と 身体と共にある魂が、誰にも愛されていないことを、今の彼は知っていたから。

「結局、あなたはここに来るしかなかったのですね、ハーデス」
少女の姿をした神──が、闇の色をした神に向かって言う。

「アテナ――」
その少女神の身体の中にあるものが人間の心だということに、ハーデスは激しい憤りを感じた。
同じ神でありながら、彼女は、ハーデスには持ち得ないものをその手にしている──のだ。

「あなたは誰も愛していないから。あなたがすがるものは、結局は、あなたを愛してくれない自分の器だけ」
「沙織さん、さっさと楽にしてやれば? この神様、氷河と瞬に弄ばれて、すっかり弱ってるみたいだぜ。あの二人、限度を知らないから」

神を──冥府の神と戦いの女神の両方を──神とも思っていないような天馬座の聖闘士の不敬極まりない言い草に、ハーデスはかっとなった。
「あの二人を弄んでいたのは余の方だ!」
「そうは見えないけどな〜」

星矢は既にこの聖戦の勝敗の行方は見えたと思っているらしい。
「星矢」
紫龍がたしなめるように星矢の名を呼んだのは、単に、この最後の聖戦の場で、全く神妙な様子を見せようとしない仲間に呆れてのことだったろう。
紫龍の目にも、この闘いの結末は既に見えてしまっていた。

「自分以外の誰かを愛することができないというのなら、孤独でいることの悲哀を感じずに済む、本来のあなたの場所へお帰りなさい、ハーデス。わかっているのでしょう? あなたが支配しようとしている人間の世界は、愛を知らない者にとっては無間の地獄なのですよ」

彼女の聖闘士たちの前で、むしろハーデスへの慈悲のようにそう言ってから、アテナは、孤独に病み衰えた冥界の支配者を、彼ひとりだけの至福の園に封印した。





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