それでも、“愛”を知らぬまま孤独の中に立ち返った神を気の毒に思う瞬の心は消えてしまわなかった。 瞬は、彼を“傷付けた”のだ。 仲間の沈鬱に気付いた星矢が、それを払いのけようとするかのように、明るく馬鹿な話題を持ち出す。 「おまえら、10年分くらいまとめてした気分だろ。これから10年はおとなしくしてろよな」 「だいたいおまえたちは、疲弊とか倦怠とか食傷とかいう言葉が、どういう時に使われるために存在しているのか知っているのか」 星矢と紫龍の忠告と非難は、だが、非常に残念なことに、氷河に反省自省を促すことはできなかった。 「次の10年分を前借りする。食傷なんて単語は俺の辞書には載っていない」 しれっとした態度で言ってのける氷河のあとを引き継いで、瞬もまた申し訳なさそうに仲間たちに肩をすくめてみせた。 「神様も欲しがるくらい いいものだっていうお墨付きをもらえたものを、10年も我慢するなんて、僕もいや。ごめんね、星矢、紫龍」 「うー……」 氷河ひとりきりならともかく、瞬までがこうでは、もはや処置なしである。 星矢と紫龍は、臆面のない二人の仲間の宣言に呆れ果て、冥界から生者の国への帰還を果たすなり仲間たちの前から立ち去った一輝の選択を、実に賢明だと思った。 「沙織さん、こいつらに何か言ってやってくれよ!」 泣き言めいた星矢の要望に応えて、愛を知る人間の女神アテナが、二人の功労者におもむろに向き直る。 それから彼女は、白鳥座の聖闘士とアンドロメダ座の聖闘士ににっこりと微笑むと、 「あなた方二人に、神ごときが敵うはずがないわね」 ――という、皮肉とも賛辞ともつかない言葉で、二人を祝福した。 彼女は、氷河と瞬を祝福せざるを得なかったのである。 苦しみや悩みを共にする心、そして、愛を共にする心。 それらのものを有していることこそが、人間を人間たらしめ、人間を幸福にし、人間に存在する意味を与えるものだと、彼女は信じていたから。 彼女の二人の聖闘士は、アテナの理想の 恐るべき実践者だった。 Fin.
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