すべてが終わったと、瞬が思ったのは間違いだった。 氷河の暴力が終わると同時に、自身の絶望の時も終わったと、瞬は思った。 同時に希望も失われはしたが、これ以上の悪夢はもう見なくていいのだと考えることで、瞬は必死に傷付いた自分自身を慰めることをしたのに、氷河はそれで瞬を解放してはくれなかったのだ。 瞬の身体から流れ出たそれを自分の指に絡めて、氷河は薄く笑った。 「これで、おまえは俺のものだ。言うことを聞けば、おまえも気持ちよくしてやる」 瞬には揶揄としか思えない言葉を吐きながら、氷河が瞬の唇に彼の唇を重ねてくる。 氷河の目的は、瞬の唇よりもむしろ その口中にあるもっと生々しいものだったらしく、彼は彼の舌で瞬のそれをからかうように舐めまわし始めた。 まさか初めてのキスをこんなふうに知ることになるなどということを、瞬は考えたこともなかった。 氷河の目は、相変わらず血の色をしている。 既に恐怖を味わい尽くした瞬は、彼のその瞳の濁りに 不気味なものを感じ始めていた。 これ以上、血走り 本来の自分自身を捨て去ったような氷河の瞳を見ていたくない。 彼の言葉も聞きたくない。 だから瞬は、気を失おうとしたのである。 しかし、氷河は瞬に意識を手放すことを許してくれなかった。 彼はその手を瞬の胸に置いた。 氷河の手が瞬の喉を辿り、ゆっくりとその唇に至る。 瞬の唇を、彼はその指先で愛撫した。 「あ……っ」 瞬の唇をなぞっていた彼の指が、やがて瞬の口中を犯し始める。 氷河の下半身は、今では力なく投げ出されている瞬の脚に絡みついていて、再び、そして幾度でも瞬のすべてを犯し尽くすつもりでいることを知らせてくる。 瞬がその事実を理解したことを察すると、彼はその唇を歪ませて皮肉な笑みのようなものを作った。 「自分の痴態を思い出すたび、恥ずかしさで居ても立ってもいられなくなり、まともな日常が送れないようにしてやる」 言うなり、氷河は、その宣言通りに、瞬に喘ぎ声としかいえないような声をあげさせた。 瞬の性器に触れることで。 自分の喉の奥から洩れ出た 身悶えるように甘い声を聞きながら、だが、瞬は絶望していたのである。 瞬を打ちのめしたのは、何よりも、自分の内に存在していたうぬぼれを思い知らされたことだった。 氷河は自分を好きでいてくれると、瞬は信じて――感じていた。 だが、好きならば、こんなことはしない。 大切な仲間と思っていてくれたら、こんなことはできない。 では、自分は彼に憎まれていたのだ。 なぜかはわからないが、こんなことをされるほどに、自分は氷河に憎まれていたのだと、瞬は思った――思わざるを得なかった。 思うそばから、涙があふれてくる。 氷河の愛撫は、今更 優しかった。 おそらく、作られた優しさなのだと思う。 彼の犠牲者の心身を乱し、その自尊心を完膚なきまでに打ちのめすための、それは卑怯な手管なのだ。 「あ……あっ」 その手管が、巧みすぎる。 氷河は彼の仲間を憎んでいるのかもしれないが、瞬にとって氷河は“特別に好きな人間”だった。 これまで長い時をかけて育んできた彼への好意を憎悪に変えるための時間を、氷河は瞬に与えようとしない。 だから、瞬の身体は、それが偽りとわかっていても、すがるように氷河の愛撫に反応し始めていた。 氷河の暴力で傷付いたはずの身体の奥が疼き始める。 こんな暴力にさらされたあとで そんなことはありえないと思うのに、瞬の身体は そのありえないことを実現し始めていた。 「あ……ああ……んっ」 自分はこれから、血の色の瞳をした氷河が言ったように、望まない力に屈した恥辱のために まともな日常が送れなくなるような痴態を演じることになるのだろうと、予感する。 世界が氷河の味方をしていた。 その世界の中に、瞬の身体も含まれている。 恐怖のあまり、瞬は目を閉じることができなかった。 |