そんなある時だった。俺は、瞬に尋ねられた。

「氷河は、敵を倒すことが好きなの?」 「人を殺すことが好きなの?」
――と。 俺は、酷くショックを受けた。


瞬の言葉に――。
――闘いたいわけじゃない。 人殺しが好きなわけが無い!
……それでも俺は敵を倒し、闘いという大罪と矛盾を狂気と云う名に言い換え逃げていたことに……


瞬の隠れた思いに――。
――瞬は、闘う俺を恐れ蔑すんでいる! 人を殺す俺を野蛮で獰猛な怪物だと思っている!!
……瞬の理想を俺の夢としてきた自分は、彼にとって忌み嫌われる存在になっていたことに……


俺の瞬への本当の想いに――。
――俺は、瞬が闘いに心傷つき打ちひしがれる姿は見たくない。 俺が闘うことで瞬の理想と心を守ることが出来るなら……。
瞬の存在が心の支えになっているから…(エゴであろうと)その全てを守りたい!
……それがいつからだろうか、俺は瞬のことを……



「それが俺の仕事だ」
すでに取り返しのつかない自らの行動と思考ゆえ、瞬の問う言葉に対して、
「自分より弱いものに対して絶対的優位に立ち、その断末魔の声を聞くのは心地良い。自分の強さと力を感じ、信じられる。自分が生きているんだってことを感じられるし、自分が生きていることを幸福だと思うこともできるな」
と、想いを噛み締め、言葉を吐き捨てる。

瞬に悟られぬ様にあふれる自責の念を心の闇の中に封じる。
それが、闘いを糧にする者の普通の感覚なのだと、心に鍵をかける。

「じゃあ、僕は……聖闘士失格なの? それが敵でも、僕は、誰かを傷付けるのが恐い。 どうして人は――愛し合ってだけ生きていけないの」

瞬が初めて人を殺した時、泣いてうろたえて閉じこもり、ヘタをしたら、殺した相手を思い、後追い自殺するかと思うほどだった。
だからこそ、瞬は、そのような経験を再びする必要など無いのだ。 絶対に!

あの時の俺も、瞬に何もしてやれなかった。
最下級とはいえ、聖闘士の力を以ってしても人の心を守ることは出来ない。 あの時ほど、俺は、自分を情けなく思ったことはない。


瞬は――畏怖の表情を俺に向けた。
あの時も、今も。
夢のような――いや、自分の信念や思想を語る瞬に心が救われ敬愛しても、そして、瞬を知れば知るほどに心を求め求められたいと想っていても、ただ、彼の存在は遠くて眩しい。

俺は、瞬に、静かに微笑した。
「おまえはそれでいいじゃないか。おまえがそんなふうに優しい分、俺みたいに人の血を見るのが好きな人間がいて、俺を満足させるために、おまえはおまえの分の敵を俺にまわしてくれているわけだ」

本当の想いを心の闇に封じて、唇からこぼれる言葉に、瞬の優しい顔は無い。

「持ちつ持たれつってことだ」

俺の思考はいつの間にか歪み、ソレを望む存在になっていて、俺は瞬にとって(理由がともあれ)人を殺す存在で、瞬に対し優しい言葉は説得力などあるはずもなく言えるわけがなく、自分がますます憎々しく想えて……。
自傷の笑みを瞬に向けることしか出来ない。
瞬の瞳は碧くて、綺麗で、とても優しく見えるのだが――その時からだろう、瞬の優しい笑顔を見ることはなくなったのは。








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