「氷河は……そんな夢にうなされるの……」 再びかけられた瞬の言葉は、いつもと変わらぬ畏怖の声。 自ら招いたこととはいえ、瞬はずっと、俺を避けている。 でも、今は手の届くほどに傍にいて――狂気に囚われ怯えている俺のことを――軽蔑しているに違いない。 「闘わずに――傷付け合わずに済むのなら、それがいちばんいいことでしょう? 僕は間違ってる? 僕は、みんなが言うように……甘いの……?」 今聞こえてくる瞬の声は、敵と対峙した時に向けられる言葉と同様であり、俺は瞬にとって、対峙した敵と同様に違いない。 俺は、苦笑して――精神が病んでいるとはこの事だろう――瞬に言い放った。 「そんなことはない。俺も……おまえのような奴がいるから、俺も安心して殺戮者をしていられる」 「殺戮者……」 その言葉の持つ、甘く残虐で狂気な響き――。 俺は、自分をそういうふうになっていることを、自分がそういうものだと言い聞かる。 俺は殺戮者なのだ――と思う。 俺は、瞬を殺しても良いと思える程に、狂ってしまっているのだから。 でも、それに対して瞬が気に病むことなど無いのだ。 絶対に! 「氷河は……ほんとに、人を殺すのが好きなの?」 普通の人間なら、とうに逃げ出している筈なのに、瞬は、まだ俺が狂っていることを納得していないのか、声をかけてくる。 俺は、口元を歪め、言い放つ。 「病気なのかもしれないな。だから、おまえを見ると安心する」 狂気と殺戮と血で溢れたこの俺の心で、――瞬――おまえは、俺の唯一の正気。 「おまえは優しくて、健全な精神と健全な身体を持っている。今の俺には、眩しすぎる存在になってしまった」 今自ら感じる全ての想いの中で、一番大事で一番の――存在。 俺は、瞬を見つめていた。 切なくて。 苦しくて。 俺は、次の瞬間、瞬を抱きしめていた。 唇を瞬の首筋に押し当てる。 それは、ひどく柔らかで――女性を想わせるかのように暖かった。 このまま犬歯を突き立てて殺してしまいそうになった。 「ひょ……氷河 !? な…何す……」 拒絶する瞬の言葉に俺は唇で塞ぐ。 そのまま――唇を重ねたままに、瞬の身体を自分の下に引き込む。 「氷河……っ!」 瞬が俺の肩を押し戻そうとしても、放すつもりは無い。 抱きしめた瞬の身体をこのまま絞め殺してしまうかもしれない。 「おまえが欲しい」 瞬の耳許で囁く。 「おまえが欲しいんだ」 瞬がどんなに拒絶しようとも、求める想いが溢れてくる。 ドス黒く穢れた心と身体は、清く澄んだ心と身体を求めて止まない。 「そうすれば、血で濡れた俺の手も綺麗になるような気がする」 囁きながら、俺の手は、瞬の火照りだした身体をまさぐり、唇を這わし始める。 ――血に飢えた獣は、おそらく、牙や爪ではなく、その目で獲物を射すくめるのだろう。 拒絶し暴れる瞬の身体を自らの身体の重みで抑えつける。 俺は――怯え、涙ぐむ瞬の瞳を見詰めた。 俺の手から逃れようとして抵抗を続ける瞬は、俺の目を見た途端に――恐怖で動かなくなった。 野獣の目――瞬は俺の目を、こう見たであろう。 おそらく。 さしずめ俺は、アンドロメダを襲うティアマトと云ったところか……。 美しさや清らかさを妬み忌み嫌う、醜い獣。 そんなことがあるはずがないのに、瞬の怖れ慄く哀しい眼差しを見つめながら、野獣は生贄を襲い、その清廉な命や心を手に入れるのだろう。俺はそんなことを考えていた。 |