未来へ紡ぐ糸




 短いようで長い戦いは終止符を迎えた。これで本当に地球上に平和が訪れるとは考えられなかったけれど、でも、これで大きな災いからは逃れることが出来たのだと信じたい。
 僕の手には多くの人の命が染み付いている。僕が多くの人を殺めてきたからだ。時々自分の手を見るのがとても怖いと感じることがある。武器を持たない聖闘士。それは自分自身を武器だと指し示しているのと同じだ。
 手に血がまとわり付いて離れない。人の命を奪うなんて、たとえどんな悪人でもそれを正義と言えるのだろうか。だけど、そうしなければ世界が救えない。本当にそれが正しいのかわからない。けれど、それを信じなかったら……。僕はきっと罪の重さに押しつぶされてしまうだろう。道の端に咲く小さな花でさえひとつの命を持っている。『命』ってそんなに軽いものじゃないはずなんだ。
 僕は武器なんて持ちたくない。武器にもなりたくない。コスモを燃やすことで武器になるのなら、僕の体からコスモなんか無くなってしまえばいいと思う。戦いが終わると同時に思った願い。ほんの少し、クロスが重く感じた。それは、僕の体から意識的にコスモが減ったからなのか、安堵からなのかはわかならい。
 城戸邸に戻ると普通の中学生に戻られる。聖矢はそのとこばかりを紫龍に話していた。皆はこれからどうするんだろう。聖矢と僕は二人だけで日本の学校に通うことになるんだろう。氷河はきっとシベリアに帰る。紫龍は中国、兄さんは、どこかへ…。兄さんは城戸邸に着く頃にはどこかへ姿を消しているだろう。隣に座る兄さんを僕は不安の気持ちでみつめた。
 兄さんは黙って僕の頭を撫でて、自分の体に寄り添わせてくれた。
「日本まで寝ていろ」
 僕は返事をするかわりに瞳を閉じた。
 瞳を閉じると却って不安は増した。寝てしまったらきっと日本に着くまで起きないだろう。そして、日本について目を覚ますと先に兄さんは飛行機から降りて姿を消しているに違いない。僕は再び目を開けると兄さんをみつめた。
「瞬。俺はどこにも行かない」
 やさしく微笑んで僕の髪を撫でてくれた。
「本当に?」
 兄さんは僕の額にキスをしてくれた。それが偽りでない証拠。きっとそうだ。そうあって欲しい。尊敬する兄さんの体温はとても心が温まる。
 僕は子供のように兄さんの腕にしがみついて、もたれかかるように深い深い眠りに落ちた。







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