なにもかもがあっという間のことだった。 彼がいなくなると、狭い部屋がどういうわけか閑散としているように感じられ、所在なげに二人は長椅子に腰をおろした。 「城戸さんの恋人って・・・うらやましすぎると思わない? あんな人にだったら誰だってプレゼントなんかいらないって言うわよ。」 悔しそうに氷河を見送った亜佐美がつぶやいた。途中で話についていけなくなって脱落したくせに、妙なことだけ把握していたらしい。 「阿佐美、あいつに思い切りこけにされてたんだぞ。いい男だかなんだか知らんが、蛇みたいに周到だ・・・おい、なんで恋人だってわかるんだ?」 「なんとなく。」 「俺はよっぽど今の男のほうがうらやましいよ。しかしいったい何者だったんだ・・・」 「そりゃ部長は、いとしの天使の面影よ今いずこ、っていう心境でしょうよ。城戸っていったら、あの財閥とゆかりのある人なんじゃないの?御曹司とか。」 わいわいと騒ぐ亜佐美を放っておいて、安藤はもう一度確かめるように『人』を見た。そして、そっとガラスの細工に触れ、画面に触れた。 あの人を人とも思わない不遜な氷河の提案はあまりにも突然で、安藤の頭のなかをまだぐるぐると回っていた。あいつをいやな奴だと思った印象は今でも変わっていないが、それでも徹底的に打ちのめされたことは、不思議ともう気にならなかった。氷河もどうやら気まぐれであの『人』を欲しがっていたわけではないということがわかったからだ。 だが、彼の行動は安藤にはまるきり理解できるものではなかった。俺が『人』をどう思うかを聞こうとする。せっかくあれこれ画策して購入した作品を、行きずりの男にぼんとくれてやる。 いや、と安藤は自分の考えを訂正した。 わかる気もしないではない。もしも『人』のような人間が実在するならば、その人はきっと誰も傷つかないことを願うのだろう。 そしてその人を悲しませないためになら、たとえ誰であっても―――あの氷か岩のような男でさえ―――持てる力のすべてを惜しまないことだろう・・・。 |