そして草木も眠る丑未つ時…・・

「用意はいいか?」
「ああ、やってくれ」
そんなやりとりの後、ケンタウルスのバベルは小宇宙を高め、技を放ちました。

「FOTIA ROUFIHTRA !!」
 
(フォーティア ルフィフトゥラ…ギリシャ語で炎のうずの意)


どういうメカニズムなのかはまったく分かりませんが、空気の摩擦によって発生した炎が次々と離れを焼いていきます。
さすが、木製の家屋は燃え方が違います。

―これで三蔵も…―
そう思ったミスティは満ち足りた思いで燃え盛る炎を眺めていました。
寝ているのは他人でも燃えているのは自分の家だいうことに気づかないくらいの恍惚ぶりです。

火は壁を焼き、屋根に燃え移り内部まで燃え広がると窓からも飛び出てくる勢いです。
旅の疲れでぐっすりと寝込んでいる三人は一体どうなってしまうのでしょうか?

さて、順調に離れを焼き尽くしていたかに見えた炎でしたが、或る時を境にして急に火勢が強くなりました。

「おいっ、バベル。どうしたんだ!!?」
慌てたのはミスティです。このままでは建物にも燃え移ります。
「オレにもわからん。何故…?」
と、バベルもただあぜんとするばかりです。

そうこうしているうちに炎は母屋に飛火し、燃えていくではありませんか。
「い、いかんっ!」
慌てた二人は家人を起こし消化活動を開始しますがいかんせん小宇宙を高めて生み出された炎です。そう簡単には消えません。

結局、火が完全に鎮火したときにはとっくに日は東の空に昇っている刻限になってしまいました。

平和な山間に突如出現した焼け野原。
そしてそこにたたづむミスティ。
美しい、と思われたご自慢の顔もすすだらけ…・
―なんでこんなめに遭わねばならんのだ……―

そしてそんな彼に追い討ちをかけるがごとく、
「あーよくねた。」
「あ、」
「どうした瞬?」
眼前に広がる一面の焼け野原。

「なんかあったんでしょうか?」
「うわっ 戦争でもあったのか!?」

とかなんとか言いながら全焼した離れの残骸から火傷ひとつ負わない三人が起きだしてくるではありませんか。

―そんな、あの火事のなかで生きていたというのか!!?−

何故彼らは無事だったのでしょうか?
実は、三人のうちで一人だけ眠っていないものがおりました。
なにを隠そう氷河です。
彼は、身体は疲れているにもかかわらず、色々とやりたいことがあって夜中にこっそり布団を抜け出すと瞬の部屋まで出かけていたのでした。
あいにく瞬はぐっすりと眠っていて氷河はその目的を果たすことが出来ませんでしたが、代わりにいち早く建物を取り囲んでいる熱気に気付くことができました。
元来、暑がりな彼は得意の冷気で自分と仲間の周りを囲み、火を一切寄せ付けませんでした。
しかも氷河の作り出した冷気とバベルの炎が接触することにより生じた極度の温度差は上昇気流を生み出し、それが原因となって火は他の建物へと飛火し、。結果として、三人は無事に朝を迎えられることとなったのでした。

そうとは知らないミスティとバベル。
屋敷が焼失したのも元はといえば瞬を抹殺せんがための行動です。
それが生きていたとなってはミスティが受けた衝撃は計り知れず、もはや彼は再起不能となってしまいました。

一応礼を言って屋敷跡を後にした一行は、
「どうしたんだろうね。火事だなんて。」
「さあな、どうせ夜中につまみ食いでもしようとしたんだろう。」
「でもミスティさん可哀想だよ。ぼーっとしちゃって。よっぽどショックだったんだろうね。」


などど言いながら、真相など知る由もない一行は一路天竺に向かって旅立つのでした。