瞬が飛び起きるとそこは見慣れた風景の中だった。
住み慣れたちいさな家。先刻眠りに就こうと身を横たえたクリーム色のソファ。
つめたい汗に濡れた髪が首筋にまとわりつき、瞬は酷く震える手でそれを払いのけ、長い距離を全力疾走したかのような荒い息を繰り返しながらソファの背もたれに顔を埋めた。
ここ数日。夜毎眠りにつくたびに訪れる悪い夢。
ぐったりと力の入らない体をソファに預けたまま、視線だけで時計の針を見上げる。
午前三時。
眠ろうとして最後に時計を見たときは既に二時をだいぶ過ぎていた。…ほんの一時間も眠れていない。
瞬は唇をかみしめた。その表情が泣き顔に似た形に歪む。が、涙はなく。
深くためいきをつき、瞳を閉ざした───瞬間、閉ざされた視界に先程の光景がまざまざと蘇り瞬は息を詰めて身を起こした。
「───氷河…」
やがて瞬はふらつく足で立ち上がった。
そして氷河の眠る寝室のドアをそっと開ける。
夢の中の出来事であったとしても、限界点に近い精神負荷は肉体的にも激しく消耗する。このようなことを繰り返してもう数日、碌に眠ってもいない。
そのせいであるのか。妙に明確さを欠いた、焦点の定まらない頭で、それでも細心の注意を払って足音をたてず大きなダブルベッドに近づく。
石造りの窓から差し込む月明かりが氷河の貌を青白く照らし、瞬は規則正しい氷河の呼吸を確かめほっと息をついた。
何日か前まで、部屋の大きさとそれほど変わらないこのダブルベッドは、ふたりの認識の下にふたりのものだった。
今はちがう。自分ひとりの認識によって、このベッドは彼ひとりのものだ。
瞬はそっと彼の傍に跪く。
見た夢の恐怖とショックがまだ抜けきらず、指の震えが止まらない。
「…氷河」
瞬はちいさな、ちいさな声でその名を呼んだ。
決して彼の眠りを妨げることはないちいさな声で、しかしはっきりと。
「君のためには死ねない」
囁く。
それは誓いの言葉だった。
あの夢は警告。自分自身への。
だから。
決して想いが伝わったりしないよう。
「君を必要だと思ったことなんてない」
どれ程に痛くても。
「君のことなど何とも思わない」
心に刻みこむ。
「僕は君を愛したりなんてしない」
誓う。
「君のためには死ねない」
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