「あなたは神を信じますか〜?」 ひとりで街を歩いていた氷河に突然声をかけてきたのは、どこがそうだとはっきり指摘することはできないが、微妙に個性的な洋服を身に着けた可愛らしい少女だった。 普段ならその手の勧誘の声は聞こえなかった振りをすることにしている氷河が足を止めたのは、しかし、その外見に惹かれたからではない。 何も宗教になど走らなくても世の中に満ちあふれている楽しみを満喫できるだろう容貌のその少女の、不思議に力強い輝きを発する大きな瞳に、氷河は興味を抱いたのだった。 一応、宗教の勧誘ではあるようなので、氷河は用心して、興味のない態度だけは装い続けたが。 「そんなモノ、どうすれば信じられるんだ。見たことも、食ったこともないのに」 少女はそういう素っ気ない対応には慣れっこになっているらしく、氷のように冷たい氷河の睥睨にもたじろいだ様子は見せなかった。 「私たちの教団に入れば、神の姿を見ることができるわ! ノーマル宗教だから食べることは許されないけど」 「おい、大丈夫か? 神の姿を見ることができるだと?」 やはり宗教にのめり込んでいる者の言うことになど、まともに耳を貸すべきではなかったと、氷河は少々己れの軽率を後悔した。 神の姿を見ることができると自信満々で断言する人間を怪しむなと言う方が無理無体無謀である。 クスリでラリっているか、クスリを餌にアブない店で働かされているか――いずれにしても、氷河は、この宗教少女の境遇と未来とに、一抹の同情と不安を抱かずにはいられなかった。 しかし――。 「ええ。特別にご神影を見せてあげる」 そう言って彼女が取り出したピンクの手帳に挟まれていた一枚の写真。 そこには、“超”の字を10個並べてもいいほど氷河好みで、“超”の字を100個並べてもまだ足りないほど可憐な、緑の瞳の少年の笑顔があったのである。 「…………」 これは、はっきりいって、いくらぼったくられても後悔はない。 即座にそう判断した氷河は、無理に冷静を装い、低い声で少女に尋ねた。 「……指名料はいくらだ」 不思議な瞳の少女が、さもありなんと言わんばかりの笑みを、その目許に浮かべる。 「神の指名料は高額でもあり、ただ同然でもあるわ。あなたの愛と時間のすべてを捧げればいいのよ。もっとも、指名しても、ご尊顔を拝することしかできないけど。なにしろ、当教団はノーマル教団だから」 「見るだけ…か」 この可憐な神を見ていることしかできないとは、なんという残酷だろう。 しかし、そこには、逆説的なエロチシズムの快感がある。 そして、おそらく、甚だしい忍耐と試練が。 それでも、氷河はためらわなかった。 「払おう。俺の愛と時間のすべて」 一枚の写真の中の、愛くるしい神の瞳に魅せられたまま、ためらうことなく氷河はそう答えた。 そうして――。 氷河は、想像した以上に甘い苦悩と苦い幸福を手にすることになったのである。 ノーマル宗教に入信した氷河が実際に見ることのできた神は、“超”の字を100000000個並べるのも無意味なほど可憐で清浄で、しかし、その優しい外見とは裏腹な強さを内に秘めた、実にチャーミングな少年だった。 氷河にとってそれはまさに、一点の疑念も抱かずに信じることのできる唯一神だったのである。 決して触れることのできない神を恋すること以上の苦しみは、この世に存在しない。 そして。 神を恋すること以上の幸福もまた、この世には存在しないのである。 ■ このショートショートはフィクションです。 ■ 当然のことながら、登場人物も実在の人間ではありません。 |