氷河姫 〜いつか王子様が〜





そのお姫様はとても美しいお姫様でした。

南国の陽光よりも輝く金色の髪、初夏の高く青い空よりも澄んだ瞳。
少々地黒ではありましたが、まず、一国の姫君としては申し分のない美貌の持ち主ではあったのです。


名を氷河姫と言いました。



さて、氷河姫が暮らしているのは、オスマントルコという国のハレムの中で した。
ハレムには、数百人に及ぶ皇帝の寵妃とその子供たちが暮らしていました。
もう亡くなった氷河姫のお母様は、ロシアという国から買われてきた女奴 隷の一人でした。

氷河姫のお母様はとても美しい女性だったので、皇帝からかなりの寵愛を受けたのですが、氷河姫が6つになるやならずの頃にお亡くなりになりました。
氷河姫はそれ以来、お母様はもちろん、お父様に会うこともなく、奴隷たち の手で育てられることになったのです。


お父様には、氷河姫の他に100人もの子供たちがいました。
美貌の寵妃が亡くなってしまったら、氷河姫はお父様の皇帝にとっては、 100人もいる子供たちの中の1人にすぎません。
大して重要な存在ではなくなってしまったのです。

そのお父様も、氷河姫が10歳になる前に亡くなってしまいましたが。



ところで、氷河姫の国では、皇帝の血筋を絶やさないために、皇帝はたくさんの子供を作ります。
そして、その皇帝が死んだ時、次代の皇帝は、自分の兄弟を処刑するのが慣わしでした。もちろん、権力争いを避けるためです。

男子は皆殺し、姫君たちは命を奪われることはありませんでしたが、一生をハレムの内に閉じ込められて暮らすことになります。

ハレムの中の姫君たちが外に出ることは、まず不可能でした。

どこかの国の王子様にでも見そめられて、国益になる政略結婚のチャンスでもめぐってこない限り。


ですから、氷河姫は、外観ばかりは美しく華やかなハレムの空虚さの中で、いつも夢見て暮らしていたのです。

いつか素敵な王子様が目の前に現れて、氷河姫をこの華やかな牢獄から連れ出してくれる日の訪れを。

でも、その日の来る可能性が皆無に近いことは、氷河姫にはわかっていました。
たとえ素敵な王子様がこの国にやってきたとしても、王子様が氷河姫を選んでくれるはずがありません。

このハレムには、氷河姫の姉妹が何十人といるのです。
その姉妹たちは、氷河姫ほど美しくないにしても、氷河姫より小柄で、高い 声を持ち、なによりも王子様に後継ぎを与えられる機能を持っているのですから。



そう。氷河姫は、実はお姫様ではありませんでした。

いずれ訪れるだろう新皇帝即位の時に、兄弟虐殺の運命から我が子の命を守るために、氷河姫のお母様は、前皇帝に嘘をついていたのです。

氷河姫が生まれた時、『生まれたのは、姫でした』と。


子供の頃はそれでもなんとかなっていました。
氷河姫は、たくさんの姉妹の中で最も愛くるしい顔立ちをしていましたから。

ですが、10代も中頃になるとさすがに無理が出てきます。
美しさは幼い頃と変わらないのに――むしろ、以前にも増して美しくなっていたのに――今の氷河姫は、陰では皆に『大女』と呼ばれて蔑まれていました。


ですから、氷河姫はとてもとても王子様にみそめてもらえるような姫君では なかったのです。

むしろ、何かの大間違いで王子様に見そめられたりしたら大変なことになる、とんでもない姫君だったのでした。







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