“彼”は嘘はつかなかった。
“彼”は、確かに自身を神だとは言わなかった。

『神と呼ばれるもの』――“彼”はそう言ったのだ。
では、『魔王と呼ばれるもの』というのも、事実ではないのかもしれない。

魔王――人や獣や、自分より下位にある神々をさえ自在に操って歓楽の限りを尽くさせ、その快楽を貪るもの。

だが、神にしても魔王にしても、それは人間が勝手に作り、人間が勝手にその名で呼んでいるだけのものだ。
存在することすら怪しい――むしろ、現代では、そんなものの存在を信じている人間の方が稀少なのに違いない。

そして、ここは、死が驚くほど身近にあった、あの天秤宮じゃない。
人が日々の生活を送る、あまりにも日常的な場所だ。
“彼”の言葉を、ただの冗談としか感じえない場所なんだ。

“彼”のそんな突飛な言葉を、氷河に信じられるわけがないし、氷河は“彼”の申し出を受け入れるはずがない。
受け入れる必要もない。

なのに――。


「俺は瞬のためにならどんなことでもする」
氷河は、さして悩んだ様子もなく、そう言った。

「契約成立、かな」

“魔王と呼ばれるもの”は、氷河の返答を聞くと、楽しそうに笑った。
僕の身体を使って。





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