「日本人じゃない……よね、どう見ても」
「着ているものも、まるで、極寒のシベリアあたりから飛んできたみたいな──」
「外傷はないみたいだし、警察へは、あの子の話を聞いてから──」

「……何も聞けないさ」

氷河が、室内に人がいるのに気付いたのは、彼がその目を開けてから4、5分経ってからのことだった。
身体を動かさずに、視線だけを、声のする方に巡らす。

ベッドから少し離れたところに、若い――氷河の数倍は歳を経ているようだったが――ニンゲンが二人立っていた。

背の低い方は、少年とも少女とも判別し難い不思議な表情をしたニンゲンで、もう一人は、氷河と同じ金色の髪をしている。
彼等は、氷河が母から教えてもらった、氷河の嫌いな国の言葉で話をしていた。


「あ、気がついた?」
小さい方のニンゲンが氷河の覚醒に気付いて、声をかけてくる。
その大きな瞳に、氷河は、しばし見入った。

「びっくりしたよ。玄関を出たら、そこに倒れてるんだもの。お家はどこ? 名前は言える?」

自分の名を名乗らない者の誰何に答える義務も義理もない。
「誰だ、おまえ」
氷河が無愛想に尋ね返すと、その小さなニンゲンは、安堵したように微笑んだ。

「よかった。日本語、わかるんだね。僕は、瞬。それから、こっちが――」
「可愛げのないツラをしたガキだな」
「氷河……!」

“こっち”の男が無礼なことを言う。
『瞬』と名乗った小さいニンゲンは、一瞬彼を睨みつけてから、すぐに氷河に向き直った。
「あ、こっちは氷河って言うの。君は――」

それは、この国では珍しい名前ではないのだろうか。
いずれにしても、氷河は、自分がその無礼な男と同じ名を有していることを、瞬に告げたいとは思わなかった。

「名前はない」
「おまえは猫か」
「氷河ってば……!」

氷河には、その無礼な男の言葉の意味がわからなかった。
瞬がまた、その男を睨みつけたので、あまり良いことを言われたのではないのだろうということだけは察することができたが。


氷河は、その男を好きになれそうになかった。





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