絵梨衣の優しい強がりで、瞬の迷いが複雑にしてしまったこの悲喜劇の幕は、静かに閉じられるはずだった。

「瞬に近付くなと言ったのを、もう忘れたのか、そこの女っっ !! 」

突然、氷河が、その場に乱入してきさえしなければ。
どうやら彼は、城戸邸に瞬の姿がないことに不快な予感を覚え、ここまで瞬を捜しに来たものらしかった。

「氷河、なんて言い方するのっ!」
絵梨衣の気持ちに気付きもしなかった鈍感男に、そんな口をきく権利はない。
瞬は、氷河をきつくたしなめた。

「おまえも、こんな馬鹿とかかずらうなっ!」
氷河は、瞬の詰責など無視したし、絵梨衣もまた、乙女心を踏みにじってくれた鈍感男などに負けてはいなかったが。
「べーっ! 瞬さんはね、どっかの馬鹿な金髪男より、私みたいに可愛〜い女の子の方が好きなんですって!」
「なんだとーっっ !! 」

絵梨衣の挑発は、鈍感で単純な男の神経を逆撫でしたらしい。
絵梨衣相手に本気で小宇宙を燃やし始めた氷河に、瞬は大慌てに慌ててしまったのである。

「氷河っ、絵梨衣さんは一般人なんだよっ!」
「いーや、この女にはまだエリスが乗り移っているに違いないっ!」
「氷河っ !! 」

いったい氷河は何を言っているのだろう――と呆れている暇は、瞬には与えられなかった。
恋に狂って恋に鈍感な男を、瞬は全力をもって押さえつけなければならなかったのである。


「じゃ、私、逃げますから、後はよろしくお願いしますねー」
絵梨衣が、瞬にウインクをして、部屋を飛び出ていく。

「ごめんね、僕が臆病だったばっかりに」
廊下を走り去る絵梨衣の足音が聞こえなくなってから、瞬は、つい今し方まで絵梨衣の姿のあった虚空に向かって、小さく呟いた。

しかし、鈍感な暴走男には、絵梨衣の気持ちも瞬の感慨も、まるで見えていないようだった。

「瞬っ、この手を離せっ !! 」
「氷河、いい加減にしてっ!」

おかけで、瞬は、絵梨衣には、氷河などよりもっと分別のある青年の方がふさわしいと思うことができるようになったのであるが。
この結末は、絵梨衣のためにも良いことだったのだ、と。

絵梨衣にならいくらでも、彼女にふさわしく、氷河より“マシ”な相手がいるに違いないのだ。



命短し、恋せよ乙女。

少しでも早く、再び絵梨衣の上にその時が訪れることを、向きになって暴れる氷河を取り押さえながら、瞬は心の底から願ったのである。





Fin.







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