「しかし、美しい」

大狸が立ち去ると、氷河は、彼の身長の半ばほどのサイズのその絵を、自分の目と同じ高さになるように壁に立て掛けて、独りごちた。

「こんな素晴らしい絵をなぜ今まで──」
画家は人目にさらさなかったのだろう――?

もしかしたら画家は、このモデルを愛していたのかもしれない──と、根拠もなく氷河は思った。
画商の言い値で絵を購入したコレクターたちのように、画家はこの花のようなモデルを独り占めしたかったのかもしれない。
だから、この絵は、長らくどこかのアトリエにひっそりと眠っていたのだろう――と。

本当に、あの画家の手になるものなら──それも若い頃の──、モデルは、今は還暦を迎える歳になっているだろう。
そんなことは考えたくもない。
画家が、恋人を絵の中に描きとめておいたのは正解だと、氷河は思った。






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