一輝の憤怒の形相の訳が、瞬にはわかりませんでした。 瞬には、なにしろ、氷河国王に気持ちいいことをしてもらったという意識しかなかったのです。 そして、それ以上に、自分が氷河国王を慰めることができたのだという満足感が、瞬を幸せな気持ちにしていたのです。 そんな瞬の様子を見た一輝は、結局、自分の中の怒りを行動に移すことができませんでした。 「兄さん。氷河様はやっぱり、思いやりに満ちた優しい方でしたよ」 と、嬉しそうな目をして告げる瞬に、何も言うことができなかったのです。 いっそ氷河国王を殴り殺してやろうかという気持ちを、一輝は瞬のために耐えました。 氷河国王に、『瞬をくれるのなら、国王の地位も譲る』と言われてしまっては、氷河国王の本気を疑うこともできませんでしたし、何よりも瞬が――瞬が、氷河国王と一緒にいることを望んでいるのです。 もちろん、蝶よ花よと風にも当てずに育ててきた可愛い弟を、超気に食わない男の手に委ねることは、一輝には脳みそが腸捻転を起こすほど、我慢し難いことでした。 氷河国王への殺意は消し去りようもありません。 けれど。 一輝は、自分の中にある悪意や憎悪を、瞬のために抑えるしかなかったのです。 瞬のために、一輝は自分を偽ることせざるを得ませんでした。 そして、彼はそれをやってのけたのです。 すべては、最愛の可愛い弟のために。 世界は邪悪に満ちています。 誰の心の中にも、それは存在するのでしょう。 でも。 世界の半分は、おそらく、優しさと思いやりでできているのです。 残りの半分は、もしかしたら、無念の涙でできているのかもしれませんが。 Fin.
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