そんなふうな、僕の力の弱まる昼の間のことだった。
僕の魔法に縛られていないはずの氷河が、僕を庇ってひどい怪我を負ったのは。

氷河が怪我をしたのは、聖なる右腕で、僕は、悪魔のくせに、自分の罪に怯えた。
氷河の怪我は、僕にこれ以上邪悪な魔法を使わせないようにするために、光の国に住む神が下した警告なんじゃないかって。


「どうして、僕を庇ったの。僕は悪魔なんだよ。氷河には隠してたけど、僕は悪魔なんだよ。氷河を手に入れるためにならどんなことでもする、邪悪な悪魔だったのに……!」
僕が泣きながら告白すると、氷河はなんだか変な顔をした。
氷河は、悪魔が実在することを知らないから、僕がふざけてそんなことを言っているんだと思ったのかもしれない。

「おまえは悪魔だったのか?」
氷河は、笑いながら、僕に尋ねた。

「そうだよ」
「いつからそうだったんだ」

いつから――?

僕は、いつから悪魔だったろう?

僕は、頼りない自分の記憶の糸を必死に辿り、そして、思い出した。
「氷河に恋した時からだよ」

そうだ。
あの時から、僕は悪魔になった。

氷河が、僕の答えを聞いて、また楽しそうに笑う。
そして、氷河は言った。
「おまえには言ってなかったか? 俺が悪魔だってことを。おまえに恋した時に、俺も悪魔になったんだ」
「え?」

――そんなはずはない。
氷河が悪魔なんかであるはずがなかった。

「そんなはずないよ。氷河はいつも綺麗で、光の中にいて――」
「おまえが知らないだけだ。悪魔は自分の姿を持っていない。悪魔の姿は、悪魔が恋した相手が決める。人間でも、獣でも、光でも、花でも、俺の姿は、何でもお前の望み次第だ」
「氷河の姿を、僕が決めてる――?」

悪魔って、そういうものなんだろうか?
悪魔のくせに、僕が知らなかっただけ?

「おまえもそうなんだぞ。おまえが本当に悪魔なら、おまえは俺の望む通りの姿でいる」
氷河は、僕にそう言って、また微笑ってみせた。

「僕はどんな姿をしてるの」
「――そうだな。今は、泣き虫の天使の姿をしている。神にいたずらを叱られて、泣きべそをかいている天使だ」

氷河がそう言うと、僕は本当に天使になっていた。
僕の周りは、僕があんなに焦がれていた光で満ちている。
まるで、僕が、最初から光の世界の住人だったみたいに。


「しばらく、その姿のままでいろ」
氷河は、怪我をしていない方の手を伸ばし、その指で僕の涙を拭った。

その時、僕は、初めて気付いたんだ。
氷河が、僕よりずっと高位の、僕よりずっと強大な力を持った、恋する悪魔だったということに。



Fin.






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