瞬のそんな楽しい気分を打ち消されるようなことが起きたのは、氷河が城戸邸に来てからひと月ほどが過ぎた、ある日のことだった。

氷河や星矢たち幾人かはトレーニングジムの後片付けの当番で、瞬は、少々手持ち無沙汰を感じながら、ラウンジで氷河の戻ってくるのを待っていた。
その時に、仲間の一人が言ったのである。

「あんな変な奴と一緒にいると、そのうち、おまえまで何にも喋れなくなっちまうぞ、瞬」
「え?」

瞬にそう言ったのは、この屋敷のお嬢様に心酔している仲間の一人だった。
すぐに他の仲間たちが彼に同調して頷く。

「1ヵ月も一緒にいて、世話をやいてもらってたら、普通、言葉はわかんなくても、笑ってみせるくらいのことはするもんだろ。なのに、あいつときたらさー」
「瞬、おまえ、ほんとは、あいつに嫌われてるんじゃないのか?」

「そ……そんなこと……」
そんな可能性のあることを、瞬はこれまで、ただの一度も考えたことがなかった。

「こないだ、あいつ、ジムの出入り口のところで、おまえの靴を隅っこに押しのけてたぞ」
「おまえのタオルを隠したりもしてたな」

「……氷河が?」
初めて知らされる事実に、瞬は呆然としたのである。

自分が、氷河に嫌われている――そんなことがあるのだろうか。

瞬は、彼はただ、慣れない生活に戸惑っているだけなのだと思っていた。
母親を亡くしたばかりで、見知らぬ場所に連れてこられ、見知らぬ他人と生活を共にすることになって、彼は笑顔を忘れているだけなのだと、瞬は思っていたのである。
だからこそ、瞬は、できうる限り彼に優しく接してきたし、その無愛想や無口には、むしろ同情していた。

それなのに――。


「気にするな。世の中には、人に構われるが嫌いな奴もいる」

兄の言葉が、仲間たちの推測を、瞬の中で決定事項にした。





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