「……この闘いが終わったらきっと、もう闘わなくていいようになるさ」
瞬の涙の訳を誤解したらしい氷河が、瞬の頬に手を当てて、囁くように言う。
そんな日が決して来ないことは、瞬にも氷河にもわかっていたのだが。

瞬は、氷河の誤解に微笑を返した。
「ううん。そうじゃないんだ。闘うのが嫌で泣いたりなんかしないよ、僕、もう」

そんなことで泣いてはいられないほど――瞬は、既に、闘うことに慣れてしまっていた。

「じゃあ、なんで泣いてたんだ」
瞬の強がりなど信用できないと言わんばかりの口調で、氷河が問い返してくる。

闘いのさなかだというのに、不思議に穏やかな気持ちで、瞬は氷河の青い瞳を見詰めた。
「僕の……これまでの人生の中で、いちばん悲しかった時の夢を見たんだ」

「いちばん悲しかった時……?」
思い当たることが多すぎるのだろう。氷河は、瞬の“いちばん悲しかった時”がいつなのかを、特定できずにいるようだった。

「自分の目で確かめずに、人の話や推測を鵜呑みにして、優しい人を傷付けた」
「おまえが? おまえがそんなことをしたことがあるのか?」
氷河が、意外そうな顔をして、瞬に尋ねてくる。

幼い日のあの出来事を、氷河は忘れてしまったのだろうか――? と、瞬は、一瞬訝った。
そして、そうではないのだと、すぐに思い返す。
あの事件以降、城戸邸に集められた子供たちは、あまりにも多くの悲しい出来事に出合いすぎたのだ。

「あるよ」
それが、どの“悲しい出来事”なのかを、瞬は氷河に告げなかった。
その“悲しい出来事”以外の悲しい過去を、瞬は、氷河に思い出させたくなかった。

「だから、僕は、自分の目でちゃんと見る。自分で判断する。そして、必要なら闘う。あんなことで人を傷付けるのも、傷付けたことを後悔するような真似も、僕はもう絶対にしたくないから」
「そうか……」

それがどの“悲しみ”なのかは知らせられなくても、瞬の言葉と表情を見て、氷河は安堵したらしかった。
闘いのさなかに、闘うことを悲しんでいると、身に危険を招きかねない。

氷河は、何よりも、瞬の“今”と“これから”を案じていた。





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