1944年12月。 ベルギー南東部から北フランスにまたがるアルデンヌ地方で、ナチスドイツが最後の反撃“バルジの戦い”を開始し、ソ連軍がブダペストを包囲していた頃、日本からロシア──当時は、まだソ連邦──のチクシに向かう日本船籍の客船がファデフ島沖で沈没した。 真冬の東シベリア海での絶望的状況と、第二次大戦末期の混乱に紛れて、その船の引き上げ作業は行なわれず、その事実は長らく秘匿されていた。 船の乗客のほとんどが、ソ連対日参戦間近の噂を受け、日本からソ連に帰国しようとするソ連国籍の者たちだったせいもある。 それは、日本国内では、開戦当初の楽観的な勝利の確信がすっかり鳴りをひそめ、重苦しい破滅への序曲が奏でられ始めた頃に起きた不幸な事故だった。 21世紀に入り、衛星探査の技術が革新的に進歩しなければ、彼は永遠に北の海の底で眠っていたかもしれない。 グラード財団の衛星がそれを見付け、引き上げた。 そうして、彼は、60年の長い眠りから目覚めたのである。 |