氷河は、それでも、最初のうちは、瞬のその我儘をただの冗談だと思っていた――思おうとしていた。
が、瞬は本当に、翌日から兄の結婚阻止の行動を開始してしまったのである。


「兄さんは、僕だけの兄さんでしょ。お嫁さんなんかもらわないで」
「おまえが、そこの馬鹿にかまけているから、手持ち無沙汰でな」
「なら、これまで通り、僕が兄さんに甘えて面倒かけてあげるから!」
「この馬鹿はどうするんだ」
「氷河は、僕がそうしたいって言ったら、そうさせてくれるもの」

氷河が同席している場所で、瞬は平気でそんなことを言う。
一輝の一瞥を受けた氷河は、無言で小さく――瞬に気付かれないように――幾度も左右に首を振ってみせた。

「氷河は、僕が嫌がることは絶対にしないもの。僕の言うこと、何でもきいてくれて──僕、兄さんのお式をやめさせてって、氷河に頼んだんだ。きっと氷河は、お式、滅茶苦茶にしてくれるよ」

いつになく我儘を言い募る瞬に、一輝は、読んでいた新聞を畳みながら、大きく嘆息した。
「おまえ、そんなに我儘放題をしていると、いくらこの馬鹿がおまえにイカれていると言っても、そのうち愛想を尽かされることになるぞ」
「いいもん。氷河になんて愛想尽かされても。兄さんがいてくれたら」

瞬は、これ以上ないほど明確に、氷河の立場というものを無視してくれた。
氷河が、気まずい顔になる。

それまでは平気でいた瞬が、実際に婚礼衣装を身に着けた兄とその婚約者の姿を見せられ、本当に兄が自分とは関わりのないところで家庭を築こうとしているのだということを実感したせいで、兄への独占欲が瞬の中で頭をもたげてきたのだろうか――と、氷河は思った。

考えようによっては、瞬の言動は非常に自然である。
だが、瞬のそんな我儘を見せつけられても、氷河は――そして、実は、瞬の兄も――瞬のその言動に不審感を抱いていたのである。

瞬は、そんな狭量な人間ではなかった。
そんな恋人でも、そんな弟でもなかった――のである。これまでずっと。

氷河の知っている瞬は、もし本当に兄の結婚を寂しく感じているのだとしても、無理に笑顔を作って二人を祝福してみせるような少年だった。
今、ひどい我儘を言って兄に食い下がっている瞬は、氷河の見知らぬ瞬だったのである。






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