困った寂しがりや――。 氷河は、それでも、瞬は“そう”なのだと信じていた。 瞬の我儘は、ただの――いわゆる、マリッジブルーの一種なのだと。 兄が他の女性と幸せになることを、瞬が本心から許せずにいるのではない――と、氷河は思っていたのである。 だが、そうではなかった。 そうではなかったということを――瞬が心底から兄の結婚を喜んでいなかったということを――氷河が思い知ったのは、二人の結婚式の前日のことだった。 その日、氷河と瞬が起居している城戸邸に、一輝のタキシードと花嫁のドレスが届けられた。 それらが城戸邸に届く手筈になっていたのは、夫婦の新居の準備が引越し作業等でまだ整っていなかったからだった。 明日、教会で二人が身に着けるはずの衣装を、業者の配達員から受け取ったのは瞬だった。 瞬は、それをラウンジに運び、そして、その場で、兄のために仕立てられたタキシードをナイフでずたずたに引き裂いてしまった――らしい。 新居の準備を終えて、衣装を受け取りにやってきた二人をラウンジに案内してきた氷河は、部屋の中央にあるテーブルの上に、切り刻まれた黒い礼服を見い出して、蒼白になった。 「瞬! いくらおまえでも、やっていいことと悪いことがあるだろうっ!」 「こんなの、兄さんには似合わない!」 「瞬っ、我儘はいい加減にしないかっ!」 瞬を頭ごなしに怒鳴りつけたりしたのは、氷河にはそれが初めてのことだった。 氷河が温厚なのではない。 氷河にそんな真似をさせるようなことを、瞬はこれまで一度たりともしたことがなかったのだ。 瞬に我儘を言い、甘えるのは、いつも氷河の方だった。 氷河の後からラウンジに入ってきた一輝とエスメラルダが、修繕も不可能なほどに切り刻まれたタキシードを視界に映し、瞳を見開く。 「す……すまない。俺がついていながら……。瞬っ、二人に謝れ」 氷河は慌てて二人に謝罪し、今度は瞬を庇うために、二人の前で瞬を怒鳴りつけた。 「あ……」 瞬が、兄と未来の姉の驚愕した様子を見て、自分の所業に怯えたように身体を震わせる。 しかし、瞬は、すぐに、謝罪を強要する氷河の手を、乱暴に振り払った。 「やだっ!」 「瞬、我儘を言うのはそろそろやめないかっ」 「やだ!」 「瞬! いい加減にしないと、いくら俺でも本気で怒るぞっ!」 「だ……だって、これは、氷河の方が似合うんだもの……!」 「それは同感だが、だからって…………へ?」 瞬の掠れた悲鳴に弾みで同意してから、氷河が、思い切り間の抜けた声を、その唇から洩らす。 「氷河の方が似合うのに……!」 鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった氷河の目の前で、瞬は、その場に泣き崩れてしまった。 |