オイノピオン王に治められているキオス島は、一見平和そのものでした。
浜では、薄物を着た少女たちが白い蝶のように戯れ、島の漁師たちが、その様を遠巻きに眺めて笑い合っています。

そして、その浜辺で、ヒョウガは、彼の運命に出会ったのです。


それは、すんなりと伸びた細い手足と、澄んだ瞳をした一人の少女でした。
浜で遊ぶ幾人もの少女たちの中で、ひときわ可憐に輝いて見えるその姿に、ヒョウガの目は釘付けになってしまったのです。

同じ年頃の――10代半ばの――似たような薄物を身に着けた少女たちが大勢いる中で、その少女だけがヒョウガの目にとまったのは、もちろんその少女が図抜けて美しかったからです。

が、本当に彼女がヒョウガの心を捉えたのは、全く別のこと。
ヒョウガは偶然、彼女が、砂浜にできた小さな水たまりに取り残された小さな一匹の魚を海に帰してやる様子を垣間見たのです。

異国の地に初めて上陸した途端に見せられた、その優しい行為に、ヒョウガは、ひどく微笑ましい気分になりました。


「あの浜にいる者たちは誰だ?」
ヒョウガが、自分と同じように、その一団を眺めている漁師の一人に尋ねると、彼は日焼けした顔で作った気のいい笑顔をヒョウガに向けて、教えてくれました。

「オイノピオン王の姫君と、そのご友人たちさ。この浜の近くに住んでいる子供たちも混じってるようだな。姫の興を損ねないように、浜に詳しい綺麗な子供たちを選んで警護させているんだよ」
「この島の王の姫?」

「ああ、いちばんお綺麗な方がメロペ姫だ。ついこの間、ほら、例の大獅子を倒した者に褒美として与えると王がお触れを出したばかりだろ。姫君はあの通り美しいし、王女の婿になれば、この島の王になれるかもしれないっていうんで、挑戦者は後を断たないらしいんだが、今のところ、成功した奴の話は聞いてないな」

「メロペ姫……」

もともとアテナとの約束がありましたから、ヒョウガはこの島の大獅子を倒すつもりではいました。
が、更にその成功報酬として、あの美しい姫君を褒美として自分のものにできるというのであれば、言うことはありません。

ヒョウガは、浜で遊ぶ少女たちを――いいえ、その中のただ一人だけを――、隣りに立っていた漁師がその場を立ち去ってからもずっと、見詰め続けていました。

やがて、ヒョウガのその視線に、メロペ姫が気付きます。
二人の視線は、まるで、運命に定められた恋に巡り合った恋人同士のように、互いに絡み合いました。






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