昨日まで毎日、盲いた異国の男を励まし続けてくれていた、その声。

その声が、昨日までずっと――今この時も――恋焦がれている人の唇から発せられた事実は、ヒョウガを混乱させました。
ヒョウガは、まるで訳がわからなかったのです。

長い沈黙の後、まさかと思いつつ、ヒョウガはその名を口にしました。

「シュン……?」

「やっと気付いたか」
太陽神が、ヒョウガの鈍さに呆れたようにぼやきます。
「どう考えても、おかしいと思ったんだ。あの高慢な我儘姫とシュンがいたら、誰だって、普通はシュンを選ぶだろう」

「シュン……なのか?」
ヒョウガはまだ、明快に事情が飲み込めていませんでした。

太陽神の声音が、ぼやきを通り越して、むしろ憐憫の色を帯びてきます。
「まだ、わからないのか? 君は、シュンをメロペ姫だと誤解して、恋焦がれていたんだよ」

そこまで言われても、けれど、ヒョウガには納得がいかなかったのです。
「馬鹿な! 俺は、初めてキオス島に着いた日に、浜で遊ぶ姫たちを見て、あの中でいちばん美しい少女がメロペ姫だと、島の漁師に教えられたんだ。姫より──いや、シュンなのか──シュンより美しい少女など、あの浜にはいなかった!」

「あ……あの……」
ヒョウガにその意図はなかったのでしょうが、それはシュンの頬を真っ赤に染めさせるのに十分な威力を持った――少々恥知らずな大絶賛でした。

「まあ、確かに、シュンは、いちばん美しい少女ではなかったろうな。もしかしたら、その漁師は衣装のことを言ったのだったかもしれないし」
太陽神が、ヒョウガが誤解に至った事情を聞かされて、苦笑を洩らします。


「……俺が恋したのは、最初からシュンだったのか?」

自分のことだというのに、ヒョウガが自分の誤解の原因をはっきりと理解できたのは、シュンよりも後でした。

「正しい価値と美を見極めることのできる目を治してやることができて、私も大変嬉しい。シュンに報いてやることだ。シュンは、君の悲しい恋を嘆きすぎて、自分の涙に溺れそうになるくらい泣き続けてきたんだから」

「もちろん、そうする」

そんなことは、他人に言われるまでもありません。
命と愛の両方を捧げられる人に出会えた人間なら誰もがそうするように、ヒョウガもそうするつもりでした。


シュンはと言えば、ヒョウガが思い続けていた相手が実は自分自身だったと知らされたことが、喜びよりも驚きで、諦めていた恋が叶うかもしれないという思いに、期待よりも気後れを感じて、逆に恐くなってしまっていたのです。

「あ……あの、でも、僕はただのみなしごで――だから、国も地位も富も、僕はヒョウガに何もあげられないのに……」

少なからぬ不安をたたえて、そう呟くシュンに、今はすべてを理解できたヒョウガは、一瞬の間もおかずに答えました。

「シュン以外に、俺に幸福をくれる人間はいない」

「ヒョウガ……」

初めて、悲しみの涙でないものが、シュンの瞳にあふれます。



二人はキオス島には帰りませんでした。
そして、シュンが悲しい恋のために涙を流すことも、二度とありませんでした。






Fin.






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