しかし、いったいどうなっているんだろうな、俺は。 こんな慰めなら、いくらでも口を突いてぽろぽろ出てくるのに、どうして俺は『瞬、おまえが好きだ』の一言を効果的に言う演出が思いつかないんだろう。 ともあれ、俺の慰めが効を奏して、少し力づけられたらしい瞬は、もう一度、俺に訊いてきた。 「それでも、僕は、氷河の力になってあげられない?」 で、考えようによっては、これはいいチャンスだということに、遅ればせながら、俺は気付いたんだ。 瞬に訊けばいいんだ。 瞬の好む、愛の告白のシチュエーションを。 それがいちばん確実じゃないか。 俺は、軽く咳払いをひとつして、瞬に尋ねた。 「あー……。じゃあ、参考までに聞かせてほしいんだが、おまえ、どういうタイプが好きだ?」 「え?」 「どういうタイプの奴に、どういうふうに告白されたら、受け入れてやろうって気になる?」 「あの……?」 瞬は、俺に持ちかけられた相談事に戸惑ったようだった。 意外ではあったんだろう。 まあ、『歓喜の歌』なんて景気のいい曲を聴きながら、恋の悩みに打ち沈んでいる人間なんて、そうそういるもんでもないだろうからな。 しばらく何事かを考えているような素振りを見せてから、瞬は、切なそうな目をして、俺を見上げた。 「氷河、誰か好きな人がいるの? それで悩んでるの?」 「まあ、そういうところだ」 「そう……」 おまえだ! おまえのせいで、俺は苦悩しまくっているんだーっっ !! ――とは、俺は無論、わめいたりはしなかった。 俺が目指すものはあくまでも、スマートで格好のいい完璧な告白なんだから。 「でも、そんなこと悩んだりしなくても、氷河だったら、きっと誰でも――」 そう言いかけて、瞬は、言葉を途切らせた。 『誰でも大丈夫』的な安請け合いは、無責任な助言だと思ったんだろう。 瞬は、素直なだけでなく、聡明で慎重でもある。 が、そのあとに、瞬の口から出てきたのは、少々抽象的に過ぎる助言だった。 「そうだね。氷河の誠意を見せればいいんじゃないかな」 だから、俺が知りたいのは、どうすれば、その誠意とやらが、おまえに見せられるのかってことなんだよ! 「それをどうやって見せればいいのかがわからなくて、悩んでるんじゃないかっ!」 つい、俺の語気が荒くなる。 この苛立ちと焦れったさは、きっと、俺と同じ立場に立ったことのある奴にしかわからないものだろう。 瞬の“誠意ある”助言に、俺はかえって苛立ちが募ってきてしまった。 まあ、夏場でもあったしな。 「好きなんだ! 俺は本当に本気で(おまえが)好きなんだ! 俺のものにできなかったら、人生に絶望して死んじまいかねないくらい、俺は(おまえが)好きだ! 俺は(おまえに)振られちまったら、多分泣く。いや、きっと泣く。本気で泣く。なのに、それくらい(おまえを)好きなのに、俺は、それをどうやって(おまえに)伝えればいいのかが、まるっきりわからない! 俺はいったいどうすればいいんだ !? 」 あ、いくら苛立ったからと言ったって、もちろん『(おまえが)』 『(おまえに)』 『(おまえを)』の部分は、俺は言葉にはしなかった。 それを口にしてしまったら、俺はただの間抜けだ。 瞬が、俺の剣幕に驚いて、瞳を見開く。 それから、瞬は、目許に、どこか悩ましげな微笑を刻んだ。 「……その言葉を、そのまま伝えてみたら? 僕が氷河の好きな人だったら――」 え? 「氷河にそんなこと言ってもらえたら、嬉しくて泣いちゃうよ」 「そ……そうか……?」 瞬の例え話に、俺の胸は少々――いや、かなり――高鳴った。 そうなんだろうか? それくらいのことで、瞬は喜んでくれるんだろうか? 「そういうものなのか?」 俺が念を押すと、瞬はこっくり頷いた。 そして、頷いた顔を伏せたまま 「うん、頑張ってね。じゃ、僕、ちょっと用があるから」 と言って、入ってきた時と同じように静かに、瞬はオーディオルームを出ていった。 せっかく、瞬に受け入れてもらえる告白方法が見付かって、やっと告白できると意気込んだ俺を、その場に残して。 「……あ?」 俺が自分のドジに気付いたのは、俺の前にあった瞬の姿が消えてから、ちょうど1分後。 俺は、自分の阿呆ぶりに自分で呆れて、白目を剥くことになった。 |