30分ほど、瞬の返事をもらえないドアの前で、瞬の名を呼び続けていただろうか。
俺のしつこさに根負けしたのか、あるいは、哀れみを乞う捨て犬を無視し続けることができなかったのか、瞬の部屋のドアが少しだけ開けられた。

「瞬……!」
俺は、すぐにそのドアの隙間に左手を差し入れて、ドアが閉じられるのを防いだ。
そして、咳き込むような勢いで、瞬に謝罪した。

「瞬、すまん! 俺はただ、おまえに誤解されているのに耐えられなかっただけで、あんなことをするつもりは本当に――」
本当に、あんなことをするつもりはなかったんだ。
おまえの許可をもらえるまでは。


ドアの隙間の向こうで、瞬の唇から小さな溜め息が洩れる。
その溜め息とほんの僅かの間に続いて、瞬の小さな声が俺の耳に届けられた。
「携帯の番号、教えてくれる?」
「へ?」

一瞬の空白。
そして、その白い時間の後に、俺は知ったんだ。

『ケータイの番号、教えてくれる?』――昨日まで軽佻浮薄の極みと思っていたその言葉が、いかに素晴らしいものなのかを。


そうして、俺はやっと理解した。

恋を告白する時に大事なのは、どう告白するかじゃない。
誰に告白されるかなんだってことを。

「す……すぐに、契約してくる!」
瞬同様、ケータイなんて持っていなかった俺は、瞬の寛大さに応えるべく、急いで行動を起こそうとした。

そんな俺を、瞬が引き止める。
「行かなくていいってば」
「あ、しかし……」

ほとんど駆け出しかけていた俺の目の前で、瞬の部屋のドアが、俺のために開かれる。
それから瞬は、なんだかやけに可愛らしく見える表情で――これまで見たうちでいちばん可愛らしい顔をして――俺に告げた。

「氷河のばか」


その瞬間だった。
俺の頭の中で、歓喜の歌が最大ボリュームで鳴り響き出したのは。






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