神官聖別の儀式は、ナブ神殿の第一階層祭儀場で執り行われた。 儀式に列する者たちは、神への忠誠と奉仕を誓ったその瞬間から、俗人とは隔てられた存在となる。 神官としての各種特権を得る代わりに、俗世での栄達と人としての喜びを放棄しなければならない。 その神官聖別の儀式を受ける者たちの中に、シュンの姿を見い出して、ヒョウガは言葉を失った。 王であっても――王だからこそ――神の儀式を中断させることはできない。 王が儀式を観覧するために神殿の祭儀場の一段高いところに設けられた席から、聖別の儀式がのろのろと進む様を、ヒョウガはじりじりしながら睨みつけていた。 そして、その儀式が滞りなく終わると――終わってしまうと――、ヒョウガは、幼い頃からの友人だったシュンを、王宮の王の私室に呼びつけたのである。 「いったいどういうつもりだ !? 聖別の儀式を受けることが何を意味しているのか、おまえはわかっているのか !? 」 神官だけが身に着けることを許された灰色の長衣をまとったシュンが招かれた部屋に入ってくるなり、ヒョウガはシュンを怒鳴りつけた。 先の王の好んだ豪奢の名残りを残している王の居室は、金や瑪瑙の贅沢な調度で飾られている。 宝石のひとつも縫い込まれていない濃紺の、しかも、ごく普通の自由民が着るような短衣を身に着けたヒョウガは、その豪奢な部屋の中で、妙に浮いていた。 ヒョウガがこの部屋の主になってから、まだほんの2ヶ月ほど。 彼は、この部屋にも王宮にも、まだ馴染んでいなかった――染まっていなかった。 そんなヒョウガに、微かに微笑して、シュンが答える。 「朝夕、神に、国の平和と民の安寧と王の繁栄を祈って、神への寄進を貧しい民のために使うことができるようになって、僕自身、神殿の施設に寝起きできるようになることでしょう?」 「世俗の楽しみを奪われ、物欲を制限され、贅沢な服を着ることも、うまい飯を食うこともできなくなって、人並みに結婚することも恋をすることもできなくなるということだ!」 実際、聖別の儀式に臨んだ者たちは、シュン以外はほとんど壮年の域に達した男性ばかりで、その中に、ひとり年若いシュンが混じっているのは、どこか異様な光景だった。 儀式に列席した他の神官や官吏たちたちも、享楽の種には事欠かないこのバビロンの都で、若く美しいうちから、その楽しみを放棄するなど理解し難いという顔を、歳若い神官に向けていた。 たとえ現在の生活が困窮していたとしても、富裕な者に取り入れば、望む以上の暮らしを手に入れることができるだろうに――と、彼等は無言で呟いていた。 バビロンの都は、確かに、住民たちの貧富の差が激しい街だったが、どこにどんなチャンスが転がっているのかわからない。 それが、このバビロンだった。 その才覚なり美貌なりを生かして、いくらでものしあがれるのが、このバビロンなのだ。 「でも、神官の身分を得られれば、同時に、王宮に自由に出入りする権利が得られます」 「シュン……まさか、そのために……?」 「ヒョウガが王に選ばれて、この王宮に入ってしまってから、自由民とはいえ、貧しい孤児にすぎない僕は、ヒョウガに会えなくなっちゃって――。でも、どう? この灰色の神官服を着ただけで、僕は王宮に出入り自由、こうしてヒョウガと話をすることもできる」 「…………」 そんなことのためにシュンが神官聖別の儀式に臨んだというのなら、実に早まったことをしてくれたものだと、苦い気持ちを抱いて、ヒョウガは呻き声を洩らした。 |