翌日、王と主だった官吏たちの見守る中、特別に神殿の前庭に設えられた祭儀場で、古参の神官たちの手によって、神の配偶者を選ぶための儀式が執り行われた。

金色の籠に入れられた白い鳥に、精霊シェドウの宿ることを祈り、聖鳥が放たれる。
それは、いつもなら都の方に飛ぶはずだった。
王を選ぶためのラマッスの聖鳥が、この神殿の前から、都の下町にいたヒョウガの許に飛んだように。
その行方を見極めるために、多くのかちの兵たちが、街の随所で待ち構えてもいたのである。

だが、どういうわけか、シェドウの聖鳥は、王宮の隣りにある神殿の上空を旋回するばかりで、一向にその場を離れようとはしなかった。
やがて、白い聖鳥は、昨日聖別されたばかりの者たちが宿舎としている建物の屋根に降り立った。
享楽の限りを尽くすことに倦んだ男たち、あるいは、王に拮抗する権力や暮らしの安定を求めて神官となる道を選んだ男たちばかりがいる建物の上に。

「こんなことは珍しいのだが」
自らの務めを果たしたと言わんばかりに住み慣れた黄金の籠に戻ってきた聖鳥を、神官たちは再び上空に放した。
結果は同じだった。
更にもう一度、同じことを繰り返し、同じ結果を得た。

さすがに3度も同じ不首尾を繰り返すことになると、神官たちも慌て始める。
ヒョウガが、神の配偶者選びの儀式の中断を提案したのは、神官たちが4度目に聖鳥を放そうとした時だった。

「何度繰り返しても同じだろう。あの建物に、歳の若い女がいるんじゃないのか」
「あの建物には、昨日聖別されたばかりの男子しかおりません。仮にも神殿の聖域のうちに女人などいるはずもない」
ヒョウガの言葉を、神殿の聖性を貶めることを意図した発言と思ったのか、神官長は、ついこの間まで都の下町でその日暮らしをしていた王に、きっぱりと告げた。

それから、まるで独りごちるように小さな声で呟く。
「しかし――王も昨日ご覧になったこととは思いますが――今回の神官聖別の儀式には、大層美しい少年がひとり列しておりまして……」

彼は、昨日、聖別の儀式が終わってから、ヒョウガがシュンを王の私室に呼びつけたことを知っているようだった。
もっとも神官長は、それを、『まだ若いのになぜ』と興味を持った王の酔狂か何かだと思っているようだったが。

「神というのは、そんな趣味を持っているのか」
ヒョウガが、神官長に皮肉げな笑みを向ける。
神が、その配偶者に少年を選ぶなど、前代未聞の椿事だった。

2年ごとに催される神の配偶者選びの儀式で、シェドウの聖鳥は、これまでいつも違えることなく、歳若い処女のいる家に降り立っていたのだ。
あけすけに言うならば、それは神の意思でも何でもなかったのだが。

神の配偶者に選ばれれば、その娘は、国の王妃に並ぶ地位を得ることになる。
2年の務めが終わってからも、他の青年との結婚が許されない代わりに、多額の年金が国から支給されることになっていた。
年頃の娘を持つ貧しい家の父親や母親たちは、自分の住まいの屋根に、鳥の好む餌を仕込んでおく者も多く、聖鳥はそれをめがけて飛んでいくのである。

「いえ。その、ただ、3度飛ばして3度というのは、どう考えても――」
「神が、シュ……その少年を望んでいるとでもいうのか、自分の妻に!」
「は……しかし、3度も同じ場所に……」
幾分激した感のある口調で、嘲るように王に問い詰められて、立場を失った神官長は、それ以上言葉を続けることができなかった。

「神殿の者たちの中に、汚れた行いをしている者でもいるんじゃないのか? いずれにしても――」
皮肉混じりにそう言って、ヒョウガは無益な儀式の中断を、神官長に命じた。

「その少年を別の建物に移動させて、明日、もう一度聖鳥を飛ばしてみるようにしろ。聖鳥が、街に飛んで行き、娘のいる家の屋根に止まればそれでよし、それでも、その少年を移した建物に飛んで行くなら、神が望んでいるのは、その少年ということになるだろう。そして、元の宿舎に4度飛んでいったなら……神は、この国に配偶者を望んでいないか、聖域である神殿に女が隠れているということだろうな。今のうちに他所に移すがいい」

茶番に付き合わされるのはうんざりだと言わんばかりの態度で、ヒョウガは席を立った。
「ラマッスの聖鳥が俺の肩に飛んできた時には、神は存在するんだと感激したもんだが、よく考えてみれば、神なんて、本当にいるかどうかもわからないモノだ。いっそ、この機会に、神の配偶者選びなんて馬鹿げたしきたりをやめてしまったらどうだ? あたら若い生娘を、いもしない神に捧げるのは哀れというもんだろう」

この機に乗じて、神殿の権威を殺ごうとしている王の意図を見てとって、神官長はヒョウガを睨みつけた。






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