神の配偶者 III






深更に入り、乳香の甘い香りが、いよいよ強くなる。
黄金にも匹敵する価値を持つ香を、一晩中焚き続けることのできる神殿の富がどれほどのものなのか、シュンには想像することもできなかった。

神殿の第1階層で焚かれている乳香の白い煙は、シュンのいる8階の塔までは届かない。
が、心身を安らげると同時に、媚薬の作用もあるという甘い香りは、既にシュンのいる部屋に充満していた。
その中で、独りでいることの悲しさに泣き疲れるようにして引き込まれた、シュンの甘く深い眠りが、ふいに中断させられる。
広い寝台の端で、肩を丸めるようにして眠っていたシュンを、誰かが背中から抱きしめていた。
真の闇の中で。

(え…… !? )

誰も来ない──と、あの少女は言っていた。
中8階の踊り場にあがるだけでも、3人の神官がそれぞれに持っている鍵を必要とするほどに、この塔の守護は厳重なのだと、神官長もまた誇らしげにシュンに語った。
それが、余人の侵入を防ぐためなのか、神の配偶者の逃亡を阻止するためなのかはともかくも、この塔に容易に人が入り込めないのは事実のはずである。

(な……何……?)

シュンが、最初に感じたのは恐怖だった。
今、自分を抱きしめているものが神かもしれない──などということを考える余裕はなかった。
たとえそれが神だったとしても、姿の見えないものへのシュンの恐怖は消し去りようがなかっただろう。

今夜は月が出ていたはずだった。
だが、白い月の光を室内に招き入れるはずの窓は、いつのまにか固く閉じられていた。






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